ちょっと頭の整理です。
新年早々、どこかへ消えた母から、「血の繋がっていない親戚」全員に、不幸の手紙めいたものが届いた。
年賀状の形をしているけど中身は無惨。
彼女は、統合失調症。
幻覚をみて、空笑し、
そして我々家族を敵だと思う。
彼女には友達がいない。
仕事もしていなかった。
毎日家にひきこもり、家事もせず、パソコンの前にはりついていた。
まだわたしがすごく小さかったころはよかった。
幼い頃、こどもは、親を愛する天才だ。
わたしも兄も、わりと成長のはやいこどもで、
こどもであるわたしたちは、間違いなく「母のステータス」だった。
さて自我がうまれ心に疑問をもつのは、いくつかというと、多分2.3歳。
うちの子も最近は様々な葛藤と戦っているはず。
そのこどもというステータスが公共の場で反抗するもんだから、
それは彼女をヒステリックへと招いた。
彼女はよく「わたしはいつもいじめられていた」と話した。
「わたしが出来る人だからみんなわたしが妬ましいのね」
と話していた。
確かに頭は飛び抜けて良かったはずだ。
一流大学をトップで出ている。
卒業とともに結婚し、こどもをさずかり、こどももまた優れた子たちで、旦那である父も国産車メーカーで良い成績を出す、「幸せな女」のはずだった。
こどもたちはピアノを習い、幼い頃から数々のコンクールで受賞。
特に息子は頭の回転がよく、雑誌にも優良児として載ってしまったりする。
娘は人懐っこく、絵を得意とし、これもまた(勝手に)コンクールとかに出されて受賞したりする。
鼻が高い、幸せな女のはずだった。
はたからみればね。
わたしも兄も、小さなころは、母をだいぶ憎んでいた。
なんたって窮屈だった。
3歳の誕生日には野口英世の伝記をもらい、勉強づけの日々。
良い大学にでて医者になりなさい、
私立の小学校へ入らせたい…
でもこどものこたえは「やだ!」という顔をした冷たい目。(言葉にできない恐ろしさを感じて。)
怖いと、甘える以前に反抗もできなくなる。
(幼い子をもつお母さん、こどもが反抗するのはちゃんと甘えられている証拠だと思います。)
でも「反抗的な態度」は伝わるもんで、
だんだん手がでるようになる。
物も投げるようになる。
行為はエスカレートしていく。
完全にこどもは信頼を失い、
「仲間」と思わなくなるころには、
彼女はもう芯まで壊れていた。
父は精神病に詳しかった。
壊れ始めてきた時点で精神科受診を促すが、
「わたしが病気だって証拠を持ってきてから言いなさいよ!殺す気なのね!?」と、ものすごい剣幕。
「盗聴されてる」「監視されてる」などと言い、賃貸の部屋に内鍵をかけ、顔を合わせることはほとんどなくなったけれども…
出てくるとすごい。そのストレスはどこでためたの?と笑っちゃうくらいすごい。
「こどもたちが精神病なのよ!わたしを殺そうとしてる!」
と叫ぶようになって、これはチャンスだということで、彼女以外のみんなが精神病のフリをして家族全員で精神科へ行った。
でも、本人が病気を認めないなら、事は進まない。クスリもちゃんとは出ないし、入院もできない。
先生に、がんばってねと言われるだけで、病名がわかっただけで。
統合失調症とほかにも精神病を併発していた。
先生は、彼女に通院を勧めた。
答えは「あなたもそう言ってわたしを殺そうとするのね」
と。
外部の人も敵とわかり事態はより悪化した。
こどもを殺せば早いと、彼女のなかでなったのか、
もはや我が家は殺し合いだった。
そう、殺し合いってことは、
少し大きくなって力が勝つアニキは、
対抗するようになった。
しばらく、そんな日々が続き、、、
母は兄の首をしめた。
これでもかってほど真っ青になりはじめたところで、アニキが母の首を力いっぱいしめた。
2人で首をしめあったけど、先にしめられたアニキのほうが苦しくなり
足で彼女を蹴っ飛ばし、逃れた。
彼女は家の電話を壊し、連絡がつかないようにし、
今度は大きな本棚をアニキに向かって倒した。
家具のなかにうもれたアニキをあざ笑うように蹴っ飛ばし、立ち去ろうとしたそのときにアニキは彼女の足首をつかむ。
見事に転んだところでアニキは這い出て、
彼女の胸ぐらをつかむ。
…
そこまでしか見れなかった。
わたしは部屋の隅にかくれ、携帯で父を読んだ。助けて。とにかく助けて。誰かが死ぬ。
そのあとどうなったか覚えてない。
彼女はこどもたちである私たちと、たくさんの脅迫状おいて、家を出て行った。
病気に苦しむように見えない病気は、本人もその家族もつらい。
彼女の病気は、離れ離れになっても、なお、続いているみたいだなぁ。
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