先週祖父母の家に行ったときに、たまたまわたしの小学生時代の写真を目にした。
集合写真で、自分がどこにいるか本当にわからなくて、いっっしょう懸命さがしてやっと見つけたその顔は、死んでいた。
愛にも食にも飢えて、全身カラカラだった。
家に帰ればごはんはないし汚い、いろいろな意味で冷え切った家だった。
長距離トラック運転手の父はあまり家にいなかった。タクシーに転職しても、やはり家にいることは少ない。
ごはんは学校で給食を食べられていたから、ごはんよりも、愛情に飢えていた。
今日、ひとりの時間ができたから、目を閉じて、当時の自分に語りかけてみたけれど、どうやらわたしには心を開いてくれないようだ。
話したいけど、きっとわかってもらえないんだって思ってるのが見える。
過去のわたしと今のわたしは、表面は全くの別人になっている。自分でも感じる。
生き生きしてみえる、いまのわたしには、なかなか心が開けない。
そういう子がどうしたら話してくれるか、わたしはちょっぴり知ってる。かつてはそうだったから。
でも、近寄ろうとして抱きしめようとしても、昔のわたしは拒否をする。いらないって、大丈夫だって、ひとりで解決できるから、って。頑なに拒否するの。
ああ、そっか。この子は、助けて欲しい人に助けてもらえなかったんだ。
自分のことなのに、そう思った。
かつてはその子…いや、わたしも、お母さんを愛していたのだろう。
いまの娘をみると、全力でわたしのことを愛してくれて、飛びついて、抱きついて、大好き大好きって、愛情をいっぱいくれる。
きっと、わたしもそうだったはず。
でも、こわいお母さんしか思い出せない、というより、お母さんをほとんど思い出せない。
後姿とか、シルエットはでてくるけど。
優しく微笑まれたことなんて、あったっけ。
わからない。
いわゆるお母さんの喜ぶことをするとたくさん褒められたけど、それはわたしの本意じゃなくて…
ちょっとずつ、わがままを減らして、褒められるようにして…
一生懸命、認められるように努力して…
でも、わたし愛されてるんだ。って、思えなかった。
ただ一度、強く抱きしめられたのは、大量の血を母の手によって流されたときに、
なぜか抱きしめられた。
ワンワン泣いたけど、わたしのこころに現れたそのときの感情は恨みそのものだった。
こどもは愛する天才だ。
だから、わたしも、きっと、わたしなりのやり方で、愛してた。
お母さんはいま、何を考えて生きてるんだろう。
最後に会う約束をわざわざとって兄妹で会いにいったとき、もうわたしのことなんて、忘れてるんだなって、こどもなりに感じたから、いまは会う気になれないけど、
どう考えていたのか、少し、知りたい。
いや、答えは半分わかってるんだけど、、
「あなたたちのせいでわたしの人生が狂った」と。
もう一度いつか確認しなければと思ってる、最近なのでした。。