存在ってことはその存在を認知してくれる人がいて
初めて成立する事象なんじゃないか
つまり、存在するってことは存在しあうってことなんじゃないか
っていうことをテーマにできたアルバム
アリアル(存り、在る)の中で
存在?と敢えて?がついちゃってるこの曲は
このアルバムの中でのある意味で
裏側のテーマというか
アンチテーゼというか
存在しあうことの闇の面を歌ってて
なのでこの曲がこのアルバムに入ってくることは
とても重要なことだった。
今思えばこの曲をアルバムのリードにしても面白かったと思う。

そもそもはそれでも血の色は鉄の味がしたの
俺がAメロで弾いているアルペジオパターンが始まりで
そのアルペジオの響きがすごい気に入ってて
いつかこのスケールをまた使いたいなあとずっと思ってた。
聴き比べるとわかるかな?
それでできたのがこの曲のリフで
そこから曲を作っていったんだけど
これ、どの曲でも言ってる気がするけど…
またまためっちゃかっこいい曲ができたと思って
まあ、自分で震えちゃうくらいかっこいいと思ってないと
メンバーにも聴かせたくないし
まして世の中になんて発信できないから
当たり前のことなんだけど。
AメロからBメロからサビへの展開
メロディも綺麗だしワルさもあって。

で、この曲、俺はメタリカみたいな
ギンギンにゴリゴリな歪んだ音にしたいと思ってたんだけど
アレンジを詰めている時に山下君が
この曲のギターのイメージ
俺の中ではラルクのHONEYなんやけど
って言い出して
ラルクのHONEY!??
あの…どこらへんが??

冒頭のコードリフが
どうもゴリゴリに歪んでるよりも
ジャリっとオーバードライブくらいの歪みで
掻き鳴らしてるイメージだったらしくて
そのイメージがラルクのHONEYだったと。
俺はラルク大好きだけど
山下君の口からL’Arc~en~Cielの名前が出たことにびっくりだった。
カナリアボックスの間奏に
ジミヘンのパープルヘイズのリフを反転させて入れてきたり
山下君のアイデアは時々ぶっ飛んでる。
それ持ってくるぅ~??みたいな。
カナリアボックスとジミ・ヘンドリクス絶対繋がらんでしょ普通。
そういう俺じゃ絶対に出てこないアイデアが出るのが
バンドの醍醐味だなあ。

歌詞のテーマは重たいけど
螺旋の時みたいな
割と言葉遊びの要素が強くて
Aメロとかは特に。
言葉を探しながら歌詞を書いてるのは楽しかった。
すらすら書けていった気がする。

あんまり期待されるのもしんどいけど
あんまり否定されるのも辛い。
結構頑張って人並みに生きてんだけど
それだけで許してくんないかな、と思ってしまう時がある。
俺らは多分、みんな誰でも心の中に狂気のナイフを持っていて
それをどう使うかいっつも怯えてるんだと思う。
それで自分を切り刻む人もいれば
他人を切り刻む人もいる。
でも大体の人はそのナイフを握りしめても
どうしていいかわからず立ちすくんでるんじゃないか。
気が狂うこともできずに。
たまに気が狂った人が
人を殺しまくったりしてニュースになると
街を歩いてたくさんの人とすれ違って
この中の誰かが突然気が狂ってナイフを振り回し出しても
全然おかしいことじゃないんだよなと思ってしまう。
高速道路で車乗ってても
俺らがどんだけ安全運転してても
わけわからんやつが気が狂って突っ込んできたら
それでもうアウトなんだよな、なんて常に思ってる。
そう思うと
ほんとギリギリで社会って保たれてるんだなと実感したりする。
ほんのわずかなほころびで
簡単に社会は破綻するから
だからみんなそこそこ理性を保って
そこそこ人に迷惑をかけないように
そこそこルールを守って
そこそこちゃんと働いて暮らしてて
すごいことだなと思う。
まっとうに生きてるだけで本当偉いと思う。