明日死ぬぐらいの感じで生きられたなら
今、この瞬間を常に全力で
極限まで集中して生きられたなら
と、思うけど
実際そんな風に毎日ずっと生きていられないよな。
なんとなくでやり過ごしてしまう日々。
そして、そのせいで気付けなかったサインや
見逃してしまったもの
もう守られることのない約束

ダラダラと生きている自分が
明日死ぬぐらいの感じでちゃんとぶつかっていたら
気を張っていたら
あいつは死ななかったんだろうか
なんて、思ったりしても
もう遅い。
そしてまた、なんとなくやり過ごす日々が続く。

みたいなことを
考えてたら、サビが歌詞と一緒に浮かんで
なので珍しいことに
タイトルがまず最初に決まって
そこから曲を作りながら歌詞を書いていった。

メメントモリを作る前、2012年
理工写真部の仲間が自殺して
バンド仲間の友達が自殺した
と先のブログで書いたけど
二人とも随分連絡を取ってなかったので
俺がそんなことを思っても仕方ないんだけど
残された側
理工写真部の人は婚約者がいて
その婚約者は俺の一番世話になった先輩だった。
その先輩から電話がかかってきて
理工写真部のその仲間は
頭にビニール袋をかぶって自分の部屋で
窒息死していたそう。
鬱が治ったら結婚しようねって約束してたのにって。
言葉にならないような言葉で
つっかえつっかえ、泣きながら伝えてくれた。
バンド仲間のやつは奥さんがいて
その奥さんも俺らの友達で
奥さんは公園の遊具にぶら下がって死んでる姿を
最初に見つけた第一発見者だった。
コンビニで買った1枚100円のタオル3枚で輪っかを作って
たった300円で命を絶ってしまった、と。
何を思いながら最後にそれを買ったんだろう、と。

残された人たちの話を聞いてると
もっと気づいてあげるべきだったとか
頑張りが足らなかったとか
でも本当に壮絶で
しかたなかったんじゃないかなと思うんだよ。
1分1秒ずっと気を張り続けてなんか生きていけない。
それでもやりきれない後悔だけが残る。
俺にできるのは話を聞くことだけで
本当の気持ちなんてわからないけど。


アレンジは、なんかすごいことになってるな。
時にベース。
間奏とかカオスでしかない。
2:56秒あたりのすごい高いところから下りてくる
ベースとユニゾンになって聞こえるフレーズ
あれギターじゃありません。ベースです。
なんか、ワーミーなのかピッチシフターなのか
フイルターをかましてあれやってたそうです。
もはや誰よりも高い音やんけ。
ベースなのに。
家の屋根に土台作っちゃったみたいなもんやで。

頭のジャッジャッジャッジャッジャージャー
のところ、自分的にはLUNA SEAのTRUE BLUEまんまになってしまった…
と思ってたんだけど
a flood of circleの博士の異常な愛情って曲にそっくりだ、と結構言われて
そう言われたらやっぱちょっとそっちにも似とるな…と思って
フラッドの亮介に会った時にその話ししたら
まあ、あのジャッジャッジャッジャッジャージャー
ってやつは人類の共有財産ですから
って言ってた。いいやつ。