孵化の頃はまだ俺は実家から持ってきた
化石のようなWindows95を使っていて
デモを作る環境がなかったので
相変わらず新曲はもっぱらリハーサルスタジオに入った時
弾き語りでメンバーに聴かせていた。
大概は歌詞がなくラララだったけど
ごくたまに曲と同時に歌詞が浮かぶことがあって
そういう曲はやっぱりメンバーにもイメージが伝わりやすい。
サイダーはメンバーに聴かせる段階で割と歌詞ができていて
一発でみんながピンときた。
龍がやたら感動してて
映画のエンドロールで流れてそう、と言っていた。
最初の弾き語りの段階でもうすでに
メンバーの中でこの完成形のイメージが出来上がっていたので
アレンジしていくのはとてもスムーズだったと思う。

大変なのはレコーディングだった。
孵化は自由が丘のサウンドアーツというレコーディングスタジオでオケを録ったんだけど
自由が丘というセレブリティ溢れる街並みと
サウンドアーツはエルレガーデンも使ってるらしいぞ、ということで
なんかみんなやたらとテンションが高かった気がする。
カレー南蛮そばが有名なお蕎麦屋さんがあって
毎日のようにカレー南蛮そばを出前で頼んでいた気もする。

基本的にスタジオを丸々1日押さえると大体ロックアウトが24時で
それを超えると追加料金がかかるんだけど
業界の慣例として、何時まででも使っていいですよっていうスタジオも結構あった。
この時のレコーディングは結構過酷で
明け方5時くらいまでやって家に帰ってまた昼の12時に来るっていう日が続いた。
帰る意味あるのか…と思ってたなあ。
なのでみんなヘロヘロになりながらレコーディングしていた。
サイダーは何日目だったろうか

龍のアイデアでドラムは1番は打ち込みで
ワンコーラス終わったところから生ドラムが入ってくるアレンジになっているんだけど
当然だけど打ち込みは機械だから完璧にリズムがよれない。
そこに人力ドラムが入ってきてだんだんエモくなっていく
というのが狙いだったのだけど
肉体的にも精神的にも疲れていて
どうしても打ち込みとズレてしまう。
ドラムだけじゃなくその他のメンバーもどうも合わない。
基本的にみんなめちゃくちゃ地味なことを淡々とやっている。
俺も同じフレーズを一曲ずっと弾いている(ライブだとAメロしか弾いてないし、桜井さんが同期使う時は同期に入ってるので弾いてもいない左から聴こえるハーフミュートのフレーズ)
こういうのは疲れてる時にやると途中で混乱してきてすげー難しい。
悟もトゥルペトゥルペせずほとんどルートを8つで刻み続けている。
これも実はとても難しい。
壮はほとんど付点八分のディレイをかけたフレーズを弾いているけど
これはこれでピッキングの強弱で
弱い部分、強い部分のニュアンスを出していくのがかなり大変
みんなで地味なことをしている分揃えるのが難しい。
人間だけならまだいいけどそこに正確無比な打ち込みまで入ってくるので余計にずれて聴こえる。
いわゆるグルーヴというものが出せない。
何テイク録ったか忘れたけど
うーん、これならまあまあ大丈夫かな?
というものが録れた時にはもう深夜2時とか3時とかだった。
もっといける気もしたけど、もうこれでいいかな…という気持ちにもなっていた。

孵化から俺らはディレクターが代わり
菊池さんという人が新しいディレクターになった。
菊池さんは見た目は小柄でぽっちゃりしてて顔も童顔だし
かわいい印象だったが
眼光は鋭く、声は深く落ち着いていて
クールで全身から仕事ができる大人のオーラが溢れていた。
そう、菊池さんは俺らの前はSMAPのディレクターをしていたのだ。
そりゃ仕事できるわ。。
SMAPのディレクター時代の話をよくしてくれたけど相当激務だったみたいで
それこそアルバムレコーディングともなればその仕事量は熾烈を極め
都内別々のスタジオで6曲同時にオケをレコーディングしたりして
そのスタジオを全部回らないといけないとかあったそうで。
なので俺らのレコーディングごとき朝飯前というか
(夜中、というかもうほぼ明け方なので実際朝飯前なわけだけど。うまい!いやうまくない…)
深夜の2時とか3時でもいつもと変わらない落ち着いたテンションで
いつものようにパソコンをパチパチさせていた。

これでいいかな?どうする?いいんじゃない?
と、俺らが迷っていた時
パソコンから目を離さず菊池さんがクールに言った。
「これが自分達にとって最高のテイクなのぉ?」

俺らは顔を見合わせて
「最高…ではないですね…」と答えた。

そしたら菊池さんはやはりパソコンから目を離さず
表情も変えず
しかし力強く言った。
「だったら最高のテイク録ろうぜ~!!」

あのクールな菊池さんが…エ、エモい…!!!
この一言で俺らは完全に火が着いた。
「うおおお!!やってやろうぜええええ!!!」
眠気吹っ飛び、気力充実
そしてできたのがみんなが聴いてくれてるサイダーというわけです。

あの菊池さんの一言がなかったら
満足していないオケでレコーディングを進めていたかもしれない。

このころの音源はハモりは俺以外の人が歌っている。
その方がライブ感が出るんじゃないか?って理由だったんだけど
結局、時間がかかるって理由で最近はまた俺がハモりも歌ってるけど。
サイダーは壮がハモってるんだけど
俺が考えたラインを間違えて覚えてて
よく聴くと(いや、よく聴かなくてもあからさまに)
くるりのロックンロールとまったく一緒。
これ、盗作にならんのかな…主線じゃないから大丈夫なのかな…
と思ってドキドキしたけど
誰にも何も言われなかったので大丈夫なのだろう。。

タイトルは
めちゃくちゃ夏の歌って事と
壮の付点八分のギターの音が炭酸がシュワーってなってるみたいだと思ったのと
歌詞の最後が「喉が渇いたな」なのとで
サイダーっていいなあと思って。

夏の陽射しは力を増す 僕達は目を細める
陽炎が揺れたら 蝉の声のシャワー

ってところは俺が中学2年から高校を卒業するまで住んでいた
新居浜の星越町って町の光景を思い浮かべて書いた。
アスファルトがじりじりと焦げて
陽炎がゆらゆらとしていて
蝉達の声が降り注いで
山田販売所には駄菓子と、賞味期限なんかとっくに過ぎてるだろう乾物と
色褪せて埃を被った洗剤やタワシや日用品
空は真っ青で影がくっきりと濃い。
コントラストの高い真夏の光景
そういうのを思い出して書いた。

君は不機嫌そうに 強く握り返す

ってところがいちばん気に入ってます。
ツンデレ感が。

あと、君を愛してるを連呼したあとで
喉が渇いたな
って歌っている理由が
男はみんなわかると思うんだけど
友達もあそこの喉が渇いたなってめっちゃわかるわ~と言ってくれたけど
女性にはイマイチその感覚がわからないらしくて
取材で女性のライターさんに
なんで最後喉渇いたななんですか?って聞かれたこともあった。
そこも面白い。

君を愛してるって連呼するのは
素晴らしい世界で好きだのキスだの出てくるのに続いて
LUNKHEAD的挑戦でした。進化するための。
ただ、やっぱり君を愛してるで終われないところが俺だと思うんですよ。

君を愛してるなんて大声で大真面目に言うの
気恥ずかしいやら緊張するやらで
喉渇いちゃうんです。俺らは。