何となくこの1ケ月間、元気が出なくて「自分の気持ちを書く」という
作業がちょっと辛かったため、放置していました。



『哀しみ・1』 に書いたように、自分の弱点を露呈してしまい
改めて見せつけられたこと。



いつも気にしていて、でも乗り越えられない(大したことないけれど)
ふがいなさは、いつも抱えている傷をまた抉られるような
痛みを持って知らしめられた感じがします。



いつもチクチク痛いなら、治療するなり他の部分を鍛えて
補えば良いことなのに、その努力をしていない怠惰な生き方を
本当に変えなければいけません。






・・・反省はするけど歩みが遅いのです・・・。







そして。







それに輪をかけるように11/8、うちで15年間飼っていた猫が
あの世へ旅立っていきました。





このことはまだ自分の中で整理がついてなくて、気持ちを
文章や言葉にして外に発することが辛く、まだ詳しく書けません。





(賛否両論ありますが)ただうちの中だけで過ごした猫ではなく
子猫時代から外に元気いっぱいで遊んでいて、裏の大きな農家の広い畑でかけずり回り
雀や鳩などの野鳥をしとめて得意げに見せに来て、部屋の中に放しててしまい
家族の悲鳴の中、驚喜らんらんと飛び跳ねていたこと。




家族で長い外出の後、家に着くと一目散に駆け寄ってきて
訴えるように、また嬉しそうに鳴いて出迎えてくれたこと。




そして父が亡くなったとき。




彼だった人との関係で悩んでいたとき。




原因不明のめまいで倒れてしまい、なかなか回復できなくて不安だったとき。




いつも横でのんびりと”いつも通り”に居てくれたこと。







ふわふわと柔らかい毛を撫でながら胸がいっぱいになって
泣いてしまったことも沢山ありました。




でも可愛いしぐさで私たち家族を心から笑わせ、温かい気持ちに
させてくれたこと、素敵なエピソードを沢山のこしてくれた
あの子に心から感謝しています。







そして最後の時。







15歳という高齢で今まで怪我以外で病院にお世話になったこともなく、
血液検査でも特に異常がなかったことに、お医者様も驚いたほどで
「まだまだ生きる」という言葉を信じていましたが、
一度転がった坂を上りきる事なく、向こうの世界に行ってしまいました。






”お父さんがむこうで待ってるから、寂しくないよ”



”もう目も見えるし、身体も苦しくないからまた昔みたいに元気いっぱいで、好きに走り回っておいで”



そう言って、自分たちにも納得させるような言葉を沢山かけて
見送ってあげました。






まだまだ寂しい気持ちを抱えていますが、またいつか私も
あの子に会えることを楽しみにして、心配させることなく
これからは気持ちを切り替えて前向きに生きていこうとしている最中です。







もうすぐクリスマスを迎え、家族や友人、周りに感謝をする季節。
今年はひとつのなくなった命に感謝をして過ごしてみたいと思います。







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哀しみ・2