1995年2月
能勢電鉄と尼崎港線の廃線跡を巡礼した後
再び阪神淡路大震災後の線路を巡ります
能勢電鉄と尼崎港線の廃線跡を巡礼した後
再び阪神淡路大震災後の線路を巡ります
JRで尼崎駅から住吉駅まで
この先は地震被害で不通
この先は地震被害で不通
歩いてみます
これはJR六甲道駅付近の高架
外れてしまった高架橋梁をジャッキで持ち上げています
ここは意外と早く復旧しましたね
(落ちた橋を持ち上げてそのまま使っているのかしら?)
海側に歩いて阪神本線に出ます

いきなり壊滅状態の線路に出くわしました
この脇を歩くのはタイヘンでした
阪神電鉄石屋川車庫(のなれの果て)
早朝の地震
ここに停まっていた電車の多くがダメになってしまったそうです
この大震災の影響が
その後
阪神電鉄が阪急に吸収されてしまうきっかけだったのは間違いないでしょう
その後
阪神電鉄が阪急に吸収されてしまうきっかけだったのは間違いないでしょう
住吉駅まで歩きます
途中
六甲ライナーの橋梁落下現場
足元も液状化でスゴイことになっていました
地震現場の線路巡りはこれで終わり
京都へ出ました
一泊して
何故か翌朝は清水寺
それから嵐電で北野白梅町駅まで巡礼して、帰宅
何故か翌朝は清水寺
それから嵐電で北野白梅町駅まで巡礼して、帰宅
当時
JRが長期にわたり不通だったので
福知山線加古川線を迂回する臨時列車(谷川駅で線路がつながっているのが役に立ちました)とか
播但線を迂回する臨時列車が設定されていました
線路的にものすごく興味津々
なんでそちらに乗らなかったのか、謎です
JRが長期にわたり不通だったので
福知山線加古川線を迂回する臨時列車(谷川駅で線路がつながっているのが役に立ちました)とか
播但線を迂回する臨時列車が設定されていました
線路的にものすごく興味津々
なんでそちらに乗らなかったのか、謎です