1982年4月。山陰巡礼の途中。
「はやたま」に乗って
わざわざ紀勢本線経由でやってきたのは
加古川駅です。
「はやたま」に乗って
わざわざ紀勢本線経由でやってきたのは
加古川駅です。
ここから加古川線と、
その楽しい支線を一気に巡礼。
その楽しい支線を一気に巡礼。
ということで第1回目は
線路巡礼:国鉄三木線。
加古川駅7:50→三木駅8:23
三木線というのは厄神駅から分岐するのですが。
当時の時刻表をチェックすると、
一日9往復のうち、8往復が加古川線からの直通列車でした。
こりゃ便利だ?(笑)
終着駅の三木駅。
なかなかいい感じの線路終端。
昔は貨物ホームもあったのですね。
これまたいい感じ。
厄神駅に戻ります。
これは駅の跨線橋から見た線路。
左に曲がるのが加古川線で、右にまっすぐなのが三木線です。
まるで三木線の方が本線みたいですね(笑)
(この背後に見える山の形に注目)
まるで三木線の方が本線みたいですね(笑)
(この背後に見える山の形に注目)
線路はいい感じだけど、
超赤字ということで廃止対象に。
さようなら。
超赤字ということで廃止対象に。
さようなら。
のハズだったのに。
お得意の第○セクターになったそうです。
お得意の第○セクターになったそうです。
そして。
なんか最近、この第○セクターは廃線になったそうです。ふ~ん。
なんか最近、この第○セクターは廃線になったそうです。ふ~ん。
晩節を汚す(怒)
そんな哀れな三木線ですが、
昨年、数十年ぶりに巡礼した加古川線の旅から。
昨年、数十年ぶりに巡礼した加古川線の旅から。
厄神駅です。
あっとビックリ。
小さな電車区ができていました。
(三木線が健在の頃は非電化でした。背後に見える山の形が往時を忍ばせます)
この電車区は
加古川線と、三木線跡の間の狭い場所に誕生しています。
加古川線と、三木線跡の間の狭い場所に誕生しています。
つまり
第○セクターなんかなければ、
旧三木線の線路を活用して、
電車区の線路はもっと面白い配線になっていたかもしれません。残念。
(ひょっとしたら電車区用地を新たに取得しなくて済んだのかも?怒)
第○セクターなんかなければ、
旧三木線の線路を活用して、
電車区の線路はもっと面白い配線になっていたかもしれません。残念。
(ひょっとしたら電車区用地を新たに取得しなくて済んだのかも?怒)
ちなみに
加古川線「電車」の中の路線図。
厄神駅から細長く修正の「白ペンキ」が塗られていました。
わざわざ作り直す価値もなかった、ということですね(爆)
加古川線「電車」の中の路線図。
厄神駅から細長く修正の「白ペンキ」が塗られていました。
わざわざ作り直す価値もなかった、ということですね(爆)
ということで
次は北条線です。これも辛い。。。
次は北条線です。これも辛い。。。