1980年。第1次北海道線路巡礼の時の話から、まだ未掲出の美しい線路をどんどん紹介します。
線路巡礼:幌内線、万字線、歌志内線、上砂川線。
運転本数が極端に少ないこの道央の4路線を一気に巡礼してしまいました。
岩見沢駅と砂川駅から、それぞれ2路線が分岐していました(万字線は正確には志文駅)。
当時は線路過密エリアでした(今は超過疎、泣)。
運転本数が極端に少ないこの道央の4路線を一気に巡礼してしまいました。
岩見沢駅と砂川駅から、それぞれ2路線が分岐していました(万字線は正確には志文駅)。
当時は線路過密エリアでした(今は超過疎、泣)。
当時当たり前であった、夜行列車をホテル替わりに旅しました。
幌内線。
岩見沢⇔幾春別
(途中の三笠駅から幌内炭鉱に貨物専用線が分岐していました。だから幌内線。三笠駅の線路分岐の箇所はよ~く見学してきました)
岩見沢⇔幾春別
(途中の三笠駅から幌内炭鉱に貨物専用線が分岐していました。だから幌内線。三笠駅の線路分岐の箇所はよ~く見学してきました)
万字線。
岩見沢⇔万字炭山(この終着駅は無人の委託駅、それだけ旅客は少ないということ。駅名が「炭山」なんてステキ♪)
岩見沢⇔万字炭山(この終着駅は無人の委託駅、それだけ旅客は少ないということ。駅名が「炭山」なんてステキ♪)
岩見沢から砂川に移動。
歌志内線。
砂川⇔歌志内(終着駅から炭鉱につながる線路には、まだホキさんがたくさん停まっていました)
砂川⇔歌志内(終着駅から炭鉱につながる線路には、まだホキさんがたくさん停まっていました)
上砂川線。
砂川⇔上砂川(本当は函館本線なのは有名な話)
砂川⇔上砂川(本当は函館本線なのは有名な話)
全部炭鉱路線です。
当時はまだ現役だったのですよ。
でも、こんなに一気に巡礼してしまったので、
車窓の線路風景も、終着駅の線路も良く覚えていないんですぅ(泣)
当時はまだ現役だったのですよ。
でも、こんなに一気に巡礼してしまったので、
車窓の線路風景も、終着駅の線路も良く覚えていないんですぅ(泣)
おまけに、当時は「宮脇俊三かぶれ」に犯されており、
カメラを持っていないのです。一生の不覚(大泣)
カメラを持っていないのです。一生の不覚(大泣)

唯一の記憶が、
この線路図。
当時は写真の代わりに残していました。
4線路を一同に書いてしまっているのがご愛嬌です。
おかげで?、
岩見沢駅のデルタ線(短絡線)なんかも記録してあるみたい。
岩見沢駅のデルタ線(短絡線)なんかも記録してあるみたい。
記念に購入した入場券があるので、

せっかくだからアップしてみます(万字炭山駅は委託駅なので切符を買ったはずなんだけど?)

せっかくだからアップしてみます(万字炭山駅は委託駅なので切符を買ったはずなんだけど?)
その後。
上砂川線以外はあっという間に廃止されてしまいました。
上砂川線以外はあっという間に廃止されてしまいました。
上砂川線は、正式には函館本線の支線。
だから石炭輸送廃止後もズルして生き延びたのですが。
結局は廃止。
だから石炭輸送廃止後もズルして生き延びたのですが。
結局は廃止。
でも、おかげでこの路線は再度巡礼する機会がありました。
だけど、今度は雪の中で線路が分からなかったのですよ(泣)
「悲別駅」なんていうシラけた観光地になっていたのはナイショです。
だけど、今度は雪の中で線路が分からなかったのですよ(泣)
「悲別駅」なんていうシラけた観光地になっていたのはナイショです。
(追記)
ちょっといい地図が見つかったのでアップしちゃいます。
ちょっといい地図が見つかったのでアップしちゃいます。

歌志内線と上砂川線って、本当にすぐそばを旅客列車が走っていたのですね。ビックリ。
徒歩連絡してみればよかったなぁ、残念。

昔は幌内線の幌内駅までも旅客扱いがあったということですね。
万字線の「美流渡」駅って、ものすごくステキなネーミングですよね。
こんな簡単に地図をアップできるのも、4路線とも超ミニ路線だったからです(笑)