線路巡礼:浜網走駅(線路の歴史を旅します・・・) | FC2に移転しました(線路巡礼)

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線路というのは、
終着駅じゃ終わらないんです。
乗ってきた路線の「線路」の終端まで見に行かないと、気が済まないんです。
そうしないと、その路線を乗り尽したことにならない。

これが線路巡礼なんです、
と勝手に宣言してしまいました(笑)

そんなとき、
ふと思い出したのが
浜網走駅のこと。

私が線路巡礼を本格化した頃、
浜網走駅という名前の貨物駅がありました。
時刻表には載っていない、貨物専用線の駅らしい。

イメージ 2
線路図にも、ちゃんと載っています。

名前だけは知っていました。
どこにあるのか詳細が分からぬまま、
いつの間にか廃止。

いまさらですが、気になって調べてみました。
だいたいこんな感じみたい。
石北本線が全線開通した頃の同線の終着の網走駅は、今よりもっと先にありました。
ところが釧網本線が開通するとき、
網走駅の場所を旭川駅寄りに移しました。
旧網走駅は貨物駅となり、浜網走駅と改名。
新網走駅と浜網走駅の間は貨物線となりました、とさ。
にゃるほど、
石北本線の「線路」の真の終点は浜網走駅なんだ。

とっくに廃止されています。残念。
行ってみたかったな。

線路巡礼(のつもり):石北本線浜網走駅

今年2月、流氷を見に網走に行きました。
網走の町は何度か訪れたことはあるのですが、
泊まったのは、今回が初めて。

網走の町の中心は、駅前ではなく、ずっと東の方の港側。

流氷を見た翌朝、宿を出て、網走の町の雪道を網走駅まで歩いてみました。
(フツーの人は車かバスらしいですけど)

イメージ 5
網走駅に至る道路の左側が、
浜網走(貨物)駅だったみたいです。

イメージ 1
地図に書くと、たぶんこんな感じだったのでは?
つまり、昔の網走駅の方が町の中心に近くて便利だったわけですね。
地図のさらに東側にバスターミナルや市庁舎があります。

今回。
雪道の中を苦労しながら浜網走駅跡から網走駅まで歩きましたので、
浜網走駅も行ったことにしてください。
ちょっと机上の線路巡礼だけど(笑)

でも、ここが本当に浜網走駅跡だったのでしょうか?
ずいぶん調べた結果、
ここの跡(現在は網走セントラルホテル)に記念碑がたっているらしいことが分かったので
たぶん間違いないでしょう。
(残念なのは記念碑の碑文が、「浜網走」駅跡じゃなくて、「網走」駅跡ということ。
「浜」網走の方がカッコイイのに)

「国鉄全線各駅停車(小学館)」には、
こんな線路図が平気で載っていました。

イメージ 4
これじゃ浜網走駅の位置が逆さまでしょ?
(宮脇俊三の監修だからなぁ、笑)


ちなみに、
この近くには、
浜厚岸駅。
浜釧路駅。
なんていう貨物駅(貨物線)もありました。

イメージ 3
浜厚岸駅は、厚岸駅から廃線跡みたいのを車窓からみたことあります。
浜釧路駅は、国鉄釧路工場にいたる線路のことかな?
気が向いたら、また歴史を調べて記事にしてみます。

ところで。
浜○○駅という名前、カッコイイですよね?
結構好きです。
浜川崎駅もカッコイイぞ(笑)


(追記)浜網走駅は二度死ぬ。

浜網走駅は山側に移転しています。という有力情報をいただきました。
さっそく歴史家が調べてみると、あっさり解決。
ご指摘の通り、
1969年11月1日に、浜網走駅は全く逆の陸側(呼人駅~網走駅間)に移設されています。
何故か名前はそのまま浜網走駅(ややこしい)。
おまけに独立した貨物線扱いで、
この移転により石北本線は0.8キロ減(網走駅~浜網走駅)
1.3キロ増(網走駅~二代目浜網走駅)となっています。

ちなみに、
ここが二代目浜網走駅であれば、
私は車窓から何度か見たことがあります。
ちゃんと巡礼していたんだ(調子いいなぁ)
アノ小学館の本の線路図もウソじゃなかったのね、ゴメンチャイ(笑)

残念ながら、
移転後の二代目浜網走駅もあっけなく廃止されてしまいました(泣)
何のためにわざわざ遠くに移転させたのか良くワカリマセン。
(公共事業投資のためでしょうね)

初代浜網走駅(初代網走駅)の跡地で、
廃止の翌年に「オホーツク流氷祭り」が開催されたそうです。
まさかここまで流氷を運んできたわけじゃないでしょうけど、
偉大な線路の最後に相応しいイベントですね(かな?笑)

線路の正しい歴史が、また1ページ。

(また追記)
二代目浜網走駅が健在な頃の地図が見つかりました。

イメージ 6
これです。
網走駅に着く直前の石北本線の車窓から見えた貨物駅は!

しつこく。
線路の歴史がまた1ページ!(笑)