昔の写真から。
ウチの地元の南武線。
ウチの地元の南武線。
武蔵小杉駅と武蔵溝ノ口少し手前までが高架になって、もうずいぶん経ちます。
なにしろ地元駅なので、
高架で地上駅が消滅する前に、少しでも写真に残しておこうと思ったらしいです。
高架で地上駅が消滅する前に、少しでも写真に残しておこうと思ったらしいです。
今回は武蔵新城駅。
下り線の上に高架が一部出来てきたけど、地上駅はまだ手付かず。
そんな時に撮影。
そんな時に撮影。
これが正面口の母屋。
中学、高校、そして大学と、ここを毎日利用していました。
チャチな作りですが、これが裏口。
自動券売機が年代モノですねぇ。
正面と裏口、どちらも利用客は多かったです。
どちらがメインか分からないくらい。
(高架後は、高架下が自由通路になり、改札口もひとつになりました)
どちらがメインか分からないくらい。
(高架後は、高架下が自由通路になり、改札口もひとつになりました)
こんなホームでした。
電車は上り川崎行きですね。
この黄色い電車は良かったなぁ。
今の南武線の色は、どうもイマイチ(レインボーカラーというの?)
総武線と同じ色にもどして欲しいな。
あれはステンレスに映えてウラヤマシイです。
総武線と同じ色にもどして欲しいな。
あれはステンレスに映えてウラヤマシイです。
これは川崎寄りの踏切。
当時はここが開かなくて泣いていました。
高架後も、なんとなく垢抜けない雰囲気は残っています。
ここまでの写真は、
残念ながら時期が特定できないのですが、
残念ながら時期が特定できないのですが、
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これは1988年11月の写真。
写真にそう書いてあるから間違いない(たぶん、笑)
写真にそう書いてあるから間違いない(たぶん、笑)
すでに下りホームの上に立派な高架が出現しています。
かろうじて判別できる踏切(これが川崎寄り踏切)の向こうに、
上り石灰石貨物列車の後姿。
上り石灰石貨物列車の後姿。
下り線が先に高架になったようです。
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そして1989年9月。
上り仮設ホームが出来ています。
貨物列車通過~
この当時、地元南武線の石灰貨物列車を、
どうしてもっとたくさん写真に残しておかなかったのか、大後悔。
どうしてもっとたくさん写真に残しておかなかったのか、大後悔。
貨物列車のおかげで、踏切が開かなくてイライラしたことだけ覚えています。
不届きモノです(泣)
不届きモノです(泣)
だって。まさかあんなにあっけなく石灰石貨物が終了してしまうとは思わなかった(泣)
そして、
あの母屋も最後の日を迎えました。
あの母屋も最後の日を迎えました。
毎日利用していたのですけどね。
ゴクロウサマ。
まだフィルム写真が高い時代に、
私としてはたくさん写真が残っている方です。
私としてはたくさん写真が残っている方です。
写真は記録ですね。
ちゃんと整理できてなくちゃイケマセン(笑)