1989年12月、九州巡礼(西鉄北九州線・最後の本物の路面電車に感動、急行えびの、日肥線♪) | FC2に移転しました(線路巡礼)

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1989年12月。
熊本県の菊南温泉。そんなところに出張が出来ました。ラッキー。
またも現地集合なので、九州巡礼をしてきましょう。

12月9日。
午後の飛行機で福岡空港。

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これは折尾駅。
鹿児島本線から筑豊本線若松駅方面に連絡する線路があったのです。
既に寸断されながらも、一部が残っていました。
この駅は高額な駅弁の立ち売り分ばかり有名ですけど、複雑な線路の美しさには敵いません(笑)。

この日の夕方。
折尾駅から砂津駅(小倉)まで、西鉄北九州線の路面電車に乗りました。
西鉄の折尾駅はビルの2階。なんとも路面電車に似つかわしくないのですが、
専用軌道は黒崎駅まで。
ここから交通渋滞の真っ只中に小さな路面電車は突進していきます。

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夕方。
1両の路面電車は途中の停留所でけなげに乗客を拾って、降ろしていきます。
本数は多くて、次から次と対向の電車とすれ違います。
すでに日が落ちていたのは残念ですが、すごく絵になる路線でした。

都会の本当の路面電車が、まだここには残されていたのですね。

でも、交通ルールを守らない自家用車が次々と進路を妨害します。
クズ共め!(怒)

砂津車庫を少し見学。

博多に宿泊。

12月10日。

地下鉄に乗って貝塚駅へ。ここから西鉄宮地岳線往復(津屋崎駅まで)。
帰りは西鉄香椎駅で降りて、JR香椎駅まで歩きます。

あの有名な「点と線」という小説でこの区間を歩くという設定になっていたので。
たぶん近いだろうと思ったら200mくらいでした。

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急行えびの3号。
博多駅9:00発、鹿児島本線、肥薩線、吉都線経由で宮崎駅15:18着。
こんなに楽しい九州縦断(横断?)列車があったのです。

川あり、山あり、スイッチバックあり。
わざとらしい観光列車なんかより、この直通列車の方が遥かに楽しいですよん♪

宮崎で日南線を青島駅まで意味無く往復。

佐土原で会社のOBを訪ね、郷土料理を御馳走になります。仕事の説教付き(笑)

妻(西都)のホテルに宿泊。

12月11日。

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妻とは、あの妻線の妻駅があった場所です。
もう妻線は廃止され、立派なサイクリングロードになっていました(泣)

1981年に妻線を巡礼しています。
その時、この妻駅で将来に備えて入場券を2枚も買ったことを思い出しました(3枚だったかな?、笑)

ここには西都原古墳群というのもあって、歴史好きとしてはかなり興味を引かれたのですが、ぐっと我慢。

JRバス日肥線(すごい名前ですね、日向と肥後を結ぶということでしょうね)。

妻7:30発、村所経由(乗り換え)、湯前駅9:55着。

この区間も未成線なのです。
湯前線湯前駅を経て、妻線に到る計画線があったのです。

村所までバスはスゴカッタですよ。一ツ瀬川に沿って走ります。
狭い道を飛ばすのです。もうジェットコースター状態。

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村所から先の県境越えはただのトンネル。

くま川鉄道、肥薩線で熊本駅へ。

熊本市交通局の路面電車を完乗。

熊本電鉄の藤崎宮前駅を訪問。
駅構内で温泉のボーリング調査をしていました。

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これは上熊本駅。

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ここから、大好きな路面電車区間?を見に行きました。
まだ、あのままでした!
大きな電車がゴロゴロ道路の上を走るのは圧巻!
なじみの東急の電車ですしね。
元の緑色と、青色があったのですね。
運転席に改造された顔がス・テ・キ♪

熊電バスで、やっと仕事の目的地の菊南温泉へ。

ここも以前は熊本電鉄が走っていました。すでに廃止。

12月12日は一応仕事。

12月13日。接待ゴルフにつき合わされました。
阿蘇山外輪山の絶景を独占できる素晴らしいコースでした。
これまで経験したゴルフコースの中で、一番キレイな場所でした。

でも、この時。
こんな一部の人間の快楽のために広大な自然を独占するゴルフ産業がイヤになりました(ホント)。

これでは、自分の快楽のために道路を私物化する自家用車利用者と同じではないですか?

ゴルフから足を洗う決意をしたのは、たぶんこの時でしょうか?
(もちろん一番の理由はヘタクソだからなんですけど、笑)

熊本空港から飛行機で帰宅しました。


それから数年後、西鉄北九州線は廃止されてしまいました。
あの時でも、すでに存在自体が奇跡に近かったみたいです。
あんなに長い距離を走る路面電車に乗ったのは、これが最初で最後でした。
あんなに路面電車らしい路面電車に乗ることができたのも。

ありがとう西鉄北九州線!

最近一部廃止された同じ私鉄の宮地岳線にはあまり感情が湧かないのは、何故かしら?(謎)