
11月25日。
名古屋のホテルで目覚めました。
天気予報どおり、暖かくてよい天気。お散歩日和です。
名古屋のホテルで目覚めました。
天気予報どおり、暖かくてよい天気。お散歩日和です。
名古屋駅から名鉄線でもどります。
豊明駅前から、2日目のスタートです。8:25。
豊明駅前から、2日目のスタートです。8:25。
本日も名鉄線に沿って歩きます。

すぐに、阿野一里塚。ここも「対」で残っています。
ここは昨日のバカ一里塚と違って、地元の理解があります。
余計なものはありません。
でも。
肝心の樹が小さい、というか枯れてしまったみたいですね。ちょっと残念。
少し歩くと、もう次の前後駅です。
この辺りは駅の間隔が短いですね。
この辺りは駅の間隔が短いですね。
駅からすぐ、街道から500mくらい離れた高台に
「戦人塚」
があります。
「戦人塚」
があります。
旧東海道の旅。
ここから信長コースに入ります。
ここから信長コースに入ります。
戦国時代。
駿河・遠州・三河を領地(私達が何日もかけて歩いてきた所です)とする
大大名の今川義元が京都に向けて東海道を西に進軍。
それに対する尾張の国の半分を納めていた織田信長(当時、無名)は、その10分の1以下の戦力。
駿河・遠州・三河を領地(私達が何日もかけて歩いてきた所です)とする
大大名の今川義元が京都に向けて東海道を西に進軍。
それに対する尾張の国の半分を納めていた織田信長(当時、無名)は、その10分の1以下の戦力。
余裕で進軍した義元さんですが。
桶狭間という場所で
信長の奇襲攻撃にあって、あっけなく殺されてしまいました。
当時の戦いは、親玉がヤラレタら、負け。
今川軍は、ボロ負けでした。
義元は太りすぎで、馬に乗れなかったから逃げられなかったんだ。
とかいう悪口もありますけど、本当かな?
とにかく、信長という日本最高のヒーローに対する、最大の敵役が義元さんですから(笑)
桶狭間という場所で
信長の奇襲攻撃にあって、あっけなく殺されてしまいました。
当時の戦いは、親玉がヤラレタら、負け。
今川軍は、ボロ負けでした。
義元は太りすぎで、馬に乗れなかったから逃げられなかったんだ。
とかいう悪口もありますけど、本当かな?
とにかく、信長という日本最高のヒーローに対する、最大の敵役が義元さんですから(笑)
その時の戦いの今川側の多くの戦死者を祀ったのが、ここです。

塚のある高台には、一本のもみじが見事に紅葉していました。
なんか、とっても好きな場所になってしまいました。
先を急がないと(笑)
名鉄線中京競馬場前駅の手前で線路をくぐり、海側に出ると、
そこは「桶狭間の戦い古戦場跡」です。

ここで義元さんは、あっけなくヤラレてしまいました。
公園になっていて、彼の墓もありました。

何故か、墓は3箇所もあるのです?(笑)
この奇襲攻撃は、本当に賭けだったと思います。
これの成否が、この後の日本の歴史を大きく変えました。
これの成否が、この後の日本の歴史を大きく変えました。
奇襲攻撃成功という奇跡によって、
信長が死なずに、
その後、秀吉が信長の家臣となって台頭、
義元に従属させられていた家康が、今川家から独立・・・。
信長が死なずに、
その後、秀吉が信長の家臣となって台頭、
義元に従属させられていた家康が、今川家から独立・・・。
だから、
桶狭間の戦いで、義元さんが信長を返り討ちにしていたら
(当時の常識からすれば、これが当然だったでしょう)
信長も秀吉も、そして徳川家康もエラクはなれずに、
江戸幕府によって東海道が整備されることもなかったでしょう。
江戸が日本の中心になることもなかったでしょうから(笑)
桶狭間の戦いで、義元さんが信長を返り討ちにしていたら
(当時の常識からすれば、これが当然だったでしょう)
信長も秀吉も、そして徳川家康もエラクはなれずに、
江戸幕府によって東海道が整備されることもなかったでしょう。
江戸が日本の中心になることもなかったでしょうから(笑)
スミマセン。
旧東海道お散歩の話なのに、歴史教室になってしまいました。
でも、街道を歩きながら、
奥さんに延々と歴史の解説をしていました(笑)
ウチの奥さん、全く歴史の知識なし。
でも、解説するのは私の努めです?メーワクかな?
説明しながら歩くのはいつものことですが、この区間は話すことが多すぎます(泣)
旧東海道お散歩の話なのに、歴史教室になってしまいました。
でも、街道を歩きながら、
奥さんに延々と歴史の解説をしていました(笑)
ウチの奥さん、全く歴史の知識なし。
でも、解説するのは私の努めです?メーワクかな?
説明しながら歩くのはいつものことですが、この区間は話すことが多すぎます(泣)
桶狭間を過ぎると、すぐに有松地区に入ります。
江戸時代、ここは池鯉鮒宿と鳴海宿の間の寒村でしたが「有松絞り」という発明品のおかげで、
一躍スゴイ発展を遂げました。
有松絞りって、結局良く分からないのですが・・・
旧道沿線に保存された素晴らしい旧家の軒先には、どこにも
「ありまつ」
と書かれた暖簾が下げられています。
これが有松絞りですね?
江戸時代、ここは池鯉鮒宿と鳴海宿の間の寒村でしたが「有松絞り」という発明品のおかげで、
一躍スゴイ発展を遂げました。
有松絞りって、結局良く分からないのですが・・・
旧道沿線に保存された素晴らしい旧家の軒先には、どこにも
「ありまつ」
と書かれた暖簾が下げられています。
これが有松絞りですね?

出汁のイイ香りが漂ってきました。
旧家を利用した、うどん屋さんに入ってみましょう。11:00。
営業開始早々なので、注文したうどんが出てくるまで30分もかかってしまいましたが、
これも手打ちならでは?

冷たい卸し梅うどんと秋味鍋うどん。
美味しかったですよ。
有名店らしいです。

有松地区の素晴らしい旧家の中を歩き続けます。
隣を平行して走る名鉄線の有松駅の前には、大きなスーパーがあります。
道を隔てただけで、全く異世界が広がります。
ちょっとした観光地みたいですね。
名鉄線と再度交差。今度は山側を歩きます。
左京山駅、鳴海駅、と歩いていきます。

鳴海付近で大きく右に曲がるのですが、
大きな旧道絵巻がありました。
これは便利だ。
少し名鉄線から離れて、再度近づいたあたりが、
笠寺です。
笠寺です。
まずは笠寺の一里塚。13:10

ここは片方しか残っていないのですが。
とにかくキレイです。立派です。
木陰で、昔の旅人のようにしばし休憩。
笠寺観音。
昔々、この付近にココロの優しい貧乏な娘がいました。
ある雨の日、お地蔵さんを見たらかわいそうになって、自分が被っていた「笠」を、
地蔵にかけてあげました。
それを偶然見ていた京都から来ていた貴族が、この娘に一目ぼれ。
結婚して、二人は幸せに暮らしましたとさ。
この二人を祀る神社です。
(だから、笠寺という地名なのですね)
昔々、この付近にココロの優しい貧乏な娘がいました。
ある雨の日、お地蔵さんを見たらかわいそうになって、自分が被っていた「笠」を、
地蔵にかけてあげました。
それを偶然見ていた京都から来ていた貴族が、この娘に一目ぼれ。
結婚して、二人は幸せに暮らしましたとさ。
この二人を祀る神社です。
(だから、笠寺という地名なのですね)
このラッキーな玉の輿娘、玉照姫といいます。
どうして、その雨の日にだけ、地蔵に笠をかぶせたのでしょう。
雨なんて、いつも降っているのに(笑)
なかなか、計画的な行動でバカ男を射止めたみたいです。
どうして、その雨の日にだけ、地蔵に笠をかぶせたのでしょう。
雨なんて、いつも降っているのに(笑)
なかなか、計画的な行動でバカ男を射止めたみたいです。
だって、地蔵に自分の笠を被せる女なんて、気持ち悪いよ~
絶対にイヤだなぁ
絶対にイヤだなぁ

でも、ここは夫婦円満の神社なのです。
バカな話ですけど、
とりあえず、お祈りしておきましょ♪
5円投資。
本笠寺駅で、再度名鉄線踏切を渡ります。

ここからしばらく、名鉄線に沿ってまっすぐ進みます。
桜丘駅、呼続駅を過ぎると、ここで名鉄本線とは、永遠のお別れ。
国道1号線に合流した後、今度は久々に東海道本線踏切を渡ります。
貨物列車だぁ!
貨物列車だぁ!

東海道本線を見るのは、豊橋駅を過ぎてから久々ですねぇ
名鉄常滑線(中部国際空港に行く路線)の高架をくぐります。

ここが「宮」の宿場です。14:30

ここが「宮」の宿場です。14:30
旧東海道の表示が急に増えだしました。
T字路にぶつかります。

ここを左手に行くのが旧東海道です。
右手に行くと、すぐに熱田神宮です。
T字路にぶつかります。

ここを左手に行くのが旧東海道です。
右手に行くと、すぐに熱田神宮です。
ついにここまで来ました。
大きな道を、またも歩道橋利用となりシラケますが、
大きな道を、またも歩道橋利用となりシラケますが、
旧道に出ると、ひつまぶしの熱田蓬莱軒本店が右手にありました。
そこを過ぎて、すこし右に曲がると・・・
宮の渡しです。15:00
昔の東海道の旅人は、ここから七里(28キロ)先の桑名まで、船の旅でした。

とうとう、ここまできました。
残念ながら、埋め立てが進んでいますので、当時の面影はありませんが、
ここで道が尽きて、船旅が始まるという雰囲気だけは味わえます。
もちろん、今はそんな風流な船はアリマセン。
ここで道が尽きて、船旅が始まるという雰囲気だけは味わえます。
もちろん、今はそんな風流な船はアリマセン。
ちなみに、今ではこの先には新幹線の橋梁が見えます(笑)。
しばし余韻に浸ります・・・。
でも、今回の旅はここで終わりではありませんでした!
ここまで来たのなら、当然、熱田神宮にも行きましょう。
先ほどのT字路にもどります。
先ほどのT字路にもどります。
熱田神宮。
有名ですが、来たのは初めて。
まぁ、明治神宮みたいなものですね。
有名ですが、来たのは初めて。
まぁ、明治神宮みたいなものですね。
今日の旅の締めくくりで、どうしてもここに来てみたい理由がありました。

熱田神宮は尾張の国の守り神。
織田信長は大事にしていたそうです。
先ほどの桶狭間の戦いに挑む前にも、ここでお祈り。
奇跡の戦勝後、この神社に「土塀」を奉納しました。
これが信長塀。
今でも残っているのです。
これこそ、旧東海道信長コースのゴールです(笑)

熱田神宮は尾張の国の守り神。
織田信長は大事にしていたそうです。
先ほどの桶狭間の戦いに挑む前にも、ここでお祈り。
奇跡の戦勝後、この神社に「土塀」を奉納しました。
これが信長塀。
今でも残っているのです。
これこそ、旧東海道信長コースのゴールです(笑)
この日。
宿はどこも満室。
予約が取れずに帰宅するはずでしたが
宮に着いてから電話すると、アッケなく取れてしまいました。
宿はどこも満室。
予約が取れずに帰宅するはずでしたが
宮に着いてから電話すると、アッケなく取れてしまいました。
こうなりゃ、名古屋城にも行っちゃいましょう!
名古屋市営地下鉄名城線神宮西駅が今日のゴール最寄駅。
名古屋市営地下鉄名城線神宮西駅が今日のゴール最寄駅。
この先は名古屋番外編に続きます