旧東海道お散歩の旅23日目、豊明駅~地下鉄名城線神宮西駅(信長コースを歩きます、うるさい歴史ウン | FC2に移転しました(線路巡礼)

FC2に移転しました(線路巡礼)

ヤフーブログ→アメブロ→FC2の3社直通乗り入れ計画?

イメージ 17

11月25日。
名古屋のホテルで目覚めました。
天気予報どおり、暖かくてよい天気。お散歩日和です。

名古屋駅から名鉄線でもどります。
豊明駅前から、2日目のスタートです。8:25。

本日も名鉄線に沿って歩きます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_0?-1
すぐに、阿野一里塚。ここも「対」で残っています。
ここは昨日のバカ一里塚と違って、地元の理解があります。
余計なものはありません。
でも。
肝心の樹が小さい、というか枯れてしまったみたいですね。ちょっと残念。

少し歩くと、もう次の前後駅です。
この辺りは駅の間隔が短いですね。

駅からすぐ、街道から500mくらい離れた高台に
「戦人塚」
があります。

旧東海道の旅。
ここから信長コースに入ります。

戦国時代。
駿河・遠州・三河を領地(私達が何日もかけて歩いてきた所です)とする
大大名の今川義元が京都に向けて東海道を西に進軍。
それに対する尾張の国の半分を納めていた織田信長(当時、無名)は、その10分の1以下の戦力。

余裕で進軍した義元さんですが。
桶狭間という場所で
信長の奇襲攻撃にあって、あっけなく殺されてしまいました。
当時の戦いは、親玉がヤラレタら、負け。
今川軍は、ボロ負けでした。
義元は太りすぎで、馬に乗れなかったから逃げられなかったんだ。
とかいう悪口もありますけど、本当かな?
とにかく、信長という日本最高のヒーローに対する、最大の敵役が義元さんですから(笑)

その時の戦いの今川側の多くの戦死者を祀ったのが、ここです。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_1?-1
塚のある高台には、一本のもみじが見事に紅葉していました。

なんか、とっても好きな場所になってしまいました。

先を急がないと(笑)

名鉄線中京競馬場前駅の手前で線路をくぐり、海側に出ると、

そこは「桶狭間の戦い古戦場跡」です。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_2?-1
ここで義元さんは、あっけなくヤラレてしまいました。
公園になっていて、彼の墓もありました。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_3?-1
何故か、墓は3箇所もあるのです?(笑)

この奇襲攻撃は、本当に賭けだったと思います。
これの成否が、この後の日本の歴史を大きく変えました。

奇襲攻撃成功という奇跡によって、
信長が死なずに、
その後、秀吉が信長の家臣となって台頭、
義元に従属させられていた家康が、今川家から独立・・・。

だから、
桶狭間の戦いで、義元さんが信長を返り討ちにしていたら
(当時の常識からすれば、これが当然だったでしょう)
信長も秀吉も、そして徳川家康もエラクはなれずに、
江戸幕府によって東海道が整備されることもなかったでしょう。
江戸が日本の中心になることもなかったでしょうから(笑)


スミマセン。
旧東海道お散歩の話なのに、歴史教室になってしまいました。
でも、街道を歩きながら、
奥さんに延々と歴史の解説をしていました(笑)
ウチの奥さん、全く歴史の知識なし。
でも、解説するのは私の努めです?メーワクかな?
説明しながら歩くのはいつものことですが、この区間は話すことが多すぎます(泣)

桶狭間を過ぎると、すぐに有松地区に入ります。
江戸時代、ここは池鯉鮒宿と鳴海宿の間の寒村でしたが「有松絞り」という発明品のおかげで、
一躍スゴイ発展を遂げました。
有松絞りって、結局良く分からないのですが・・・
旧道沿線に保存された素晴らしい旧家の軒先には、どこにも
「ありまつ」
と書かれた暖簾が下げられています。
これが有松絞りですね?

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_4?-1
出汁のイイ香りが漂ってきました。
旧家を利用した、うどん屋さんに入ってみましょう。11:00。
営業開始早々なので、注文したうどんが出てくるまで30分もかかってしまいましたが、
これも手打ちならでは?

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_6?-1
冷たい卸し梅うどんと秋味鍋うどん。
美味しかったですよ。
有名店らしいです。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_5?-1
有松地区の素晴らしい旧家の中を歩き続けます。
隣を平行して走る名鉄線の有松駅の前には、大きなスーパーがあります。
道を隔てただけで、全く異世界が広がります。
ちょっとした観光地みたいですね。

名鉄線と再度交差。今度は山側を歩きます。

左京山駅、鳴海駅、と歩いていきます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_7?-1
鳴海付近で大きく右に曲がるのですが、
大きな旧道絵巻がありました。
これは便利だ。

少し名鉄線から離れて、再度近づいたあたりが、
笠寺です。

まずは笠寺の一里塚。13:10

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_8?-1
ここは片方しか残っていないのですが。
とにかくキレイです。立派です。
木陰で、昔の旅人のようにしばし休憩。

笠寺観音。
昔々、この付近にココロの優しい貧乏な娘がいました。
ある雨の日、お地蔵さんを見たらかわいそうになって、自分が被っていた「笠」を、
地蔵にかけてあげました。
それを偶然見ていた京都から来ていた貴族が、この娘に一目ぼれ。
結婚して、二人は幸せに暮らしましたとさ。
この二人を祀る神社です。
(だから、笠寺という地名なのですね)

このラッキーな玉の輿娘、玉照姫といいます。
どうして、その雨の日にだけ、地蔵に笠をかぶせたのでしょう。
雨なんて、いつも降っているのに(笑)
なかなか、計画的な行動でバカ男を射止めたみたいです。

だって、地蔵に自分の笠を被せる女なんて、気持ち悪いよ~
絶対にイヤだなぁ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_9?-1
でも、ここは夫婦円満の神社なのです。
バカな話ですけど、
とりあえず、お祈りしておきましょ♪
5円投資。

本笠寺駅で、再度名鉄線踏切を渡ります。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_10?-1
ここからしばらく、名鉄線に沿ってまっすぐ進みます。

桜丘駅、呼続駅を過ぎると、ここで名鉄本線とは、永遠のお別れ。

国道1号線に合流した後、今度は久々に東海道本線踏切を渡ります。
貨物列車だぁ!

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_11?-1
東海道本線を見るのは、豊橋駅を過ぎてから久々ですねぇ

名鉄常滑線(中部国際空港に行く路線)の高架をくぐります。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_12?-1
ここが「宮」の宿場です。14:30

旧東海道の表示が急に増えだしました。
T字路にぶつかります。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_13?-1
ここを左手に行くのが旧東海道です。
右手に行くと、すぐに熱田神宮です。

ついにここまで来ました。
大きな道を、またも歩道橋利用となりシラケますが、

旧道に出ると、ひつまぶしの熱田蓬莱軒本店が右手にありました。

そこを過ぎて、すこし右に曲がると・・・


宮の渡しです。15:00

昔の東海道の旅人は、ここから七里(28キロ)先の桑名まで、船の旅でした。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_14?-1
とうとう、ここまできました。

残念ながら、埋め立てが進んでいますので、当時の面影はありませんが、
ここで道が尽きて、船旅が始まるという雰囲気だけは味わえます。
もちろん、今はそんな風流な船はアリマセン。

ちなみに、今ではこの先には新幹線の橋梁が見えます(笑)。

しばし余韻に浸ります・・・。


でも、今回の旅はここで終わりではありませんでした!

ここまで来たのなら、当然、熱田神宮にも行きましょう。
先ほどのT字路にもどります。

熱田神宮。
有名ですが、来たのは初めて。
まぁ、明治神宮みたいなものですね。

今日の旅の締めくくりで、どうしてもここに来てみたい理由がありました。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1448259/img_1448259_44224750_15?-1
熱田神宮は尾張の国の守り神。
織田信長は大事にしていたそうです。
先ほどの桶狭間の戦いに挑む前にも、ここでお祈り。
奇跡の戦勝後、この神社に「土塀」を奉納しました。
これが信長塀。
今でも残っているのです。
これこそ、旧東海道信長コースのゴールです(笑)

この日。
宿はどこも満室。
予約が取れずに帰宅するはずでしたが
宮に着いてから電話すると、アッケなく取れてしまいました。

こうなりゃ、名古屋城にも行っちゃいましょう!
名古屋市営地下鉄名城線神宮西駅が今日のゴール最寄駅。

この先は名古屋番外編に続きます