今日は終戦記念日。
60年前に先代の日本の王様が、「実は負けてました」とラジオ放送をした日です。
私は子供の頃から歴史好き。
昔から、なぜ正直に敗戦記念日、と呼ばないのか、とても不思議でした。
おまけに、少し日本史・世界史を勉強すれば、太平洋戦争が終わったのは、9月2日の降伏文書調印の日なのは明白です。
どうして今日が終戦記念日なのかなぁ?
ちょっと大人になって、分かってきました。
「終戦」という言葉を好んで使うのは、
みっともない負け方をした、と認めたくない。
無駄死にさせられた、と認めたくない。
あれは、意義のある戦争だったんだ。
という悲しいプライドの成せる自虐的行為、なんですね。
誠に遺憾ながら、崇拝する王様が、「もう終わり」と言った日だから、今日が終戦記念日なんです。
アレ?、王様には一切戦争責任はなかったはずです。
王様のツルの一声で終戦が決まった、では、戦争の継続は王様の責任にされてしまうのではないでしょうか?
やっぱり、終戦記念日は9月2日にして、全部A級戦犯のせいにしないといけないのではないでしょうか?
私は、心配です(笑)。
新しい発見。
昨日、戦争のブログをダラダラ書いていたら、ちょっと「終戦」という言葉の別の意味が分かってきました。
終戦(敗戦)の瞬間。
日本人の態度は、豹変しました。
国民に戦争を押し付け、
わざわざ他国に攻めて行き、
沖縄で民間人を盾にして見殺しにして、
空襲を受けて、
原爆2発も落とされて、
それでも、口先では神国日本とか、特攻精神とかウソぶいていた人々。
戦争完遂を否定しようとしない人々。
そして、それに抵抗しようともしない、善良な国民。
それらの皆さんは、あっさり、米軍の占領を受け入れてしまいました。
全く、抵抗しようともしなかったみたいです。
レジスタンスという言葉は、日本にはありませんでした。
サクっと、手の平を返して、今に至るわけです。
だからです。
だから「敗戦」じゃなくて、やっぱり「終戦」なんですね。
ゲーム感覚。
スイッチを切り替えるように、精神状態を切り替えられるわけですね。
これも国民性なのかな?ちょっと複雑です。
まぁ、当の日本人は、それで現代の繁栄を勝ち得たのだから、結果オーライかもしれませんが。
戦争に巻き込まれた他国の被害者は絶対に納得しませんよね。
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今日、あの英霊神社に日本の総理大臣が参拝しました。
英霊信仰は、何よりも重要みたいです。
私は、正直言って、あの総理が云々よりも、英霊神社崇拝を称えるバカの多さに壁壁しました。
なんで、あの人々は最後まで闘わなかったのかな。
どうして教えどおりに、鬼畜米英と最後まで闘かわず、大好きな英霊たちを裏切ったの?
なんで、戦死して一緒に祀られていないのかな。
英霊神社は、最後まで王様と国のために闘った人を称える施設です。
手のひらを返した卑怯者に、参拝する資格なんかないと思うのですが。
今からでも遅くはありません。
全国の英霊崇拝者は、英霊総理と一緒に、靖国に入りましょう、永久に!
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明日からまた、中国・韓国のグチを聞かされるんですね。
彼らの言うことの方が、遥かに正論だから、仕方ないのですが。
英霊崇拝は日本人の国民病です。
なんて理由にならないでしょうね(笑)
ク・ダ・ラ・ナ・イ!(怒)