線路巡礼:大畑線大畑駅(肥薩線ではありません!、2回も廃止された悲劇の路線です) | FC2に移転しました(線路巡礼)

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大畑線大畑駅。
1984年3月24日、まだ雪が残る中を巡礼しました。
当然、大湊線とペアの利用です。

野辺地駅11:31→下北駅12:39
下北駅12:52→大畑駅13:23

大畑線の列車はすべて大湊駅から発車していました。
意外と列車本数は多いです、1日7往復半。
両線の接続はたいへん良いです。
実は、大湊線の運転本数は大畑線と同じでした。
だったら一本の路線として扱ってもよかったのに・・・。

でも、路線が別であることが、その後の両線の運命を分けました。
大畑線は第一次特定地方交通線となりバス転換か第3セクターかを迫られました。
一方、大湊線は何故か対象にもならず、国鉄からJRへと生き延びました。


大湊駅まで行っても、大畑線は同じ列車になるのですが、私はわざわざ下北駅で下車して、大畑線の起点駅に敬意を表しました(笑)。

雪以外に何もない下北駅で待っていると、大畑行きの列車がいらっしゃいました。

あっけなく終点の大畑駅に着きます。

残念なことに、雪のため、ホーム1面と線路1線しか確認できません。

ホームからさらにレールは続きます。
さっそく、除雪してある区間の線路を車止めに向かって走ります。
列車2両分くらい除雪してあります、引き上げ線として使っているのでしょう。
でも、その先は雪の塊で、レールがどこまで続いていたのかを知ることはできませんでした。
この駅の構内配線はどうなっていたのでしょう。
おまけに、この先の大間までは未成線の工事区間です。
ひょっとしたら、工事区間までレールは伸びていたのかもしれません・・・、夢と謎は膨らみます。
雪が恨めしいですぅ。

その後、大畑線は予定通り翌年の6月末にアッサリ廃止になってしまいました。
でも、バス転換でも、第3セクターでもなく、地元のバス会社(下北交通)に引き取られたのです。

下北交通になると、大畑駅構内にピカピカの車庫と検車区ができてしまいました・・・。
なんか、神聖な終着駅を荒らされるみたいでイヤでした(笑)。
線路の歴史も大事にしてね。

でも、下北交通時代に再訪の機会がありました。
野辺地→下北:JR
下北→大畑:下北交通
大畑→大間:下北交通バス
大間→函館:フェリー
という楽しいルートです。
大間線の工事区間と、青函航路以外の渡道フェリーを満喫できました。

でも、大畑駅で列車からバスへの乗り換え時間が短かく、またしても大畑駅構内の線路の終端を確認することができませんでした・・・、残念。

さらに年月が経ち、何と下北交通までがあっさりと鉄道を見放し、廃止になりました。
よくやった、なんていう人が多いけど、税金を随分投入したんじゃないのかな?
はじめからバス転換していればいいのに。
他社のバスが参入するのを恐れて、下北交通が自ら手を挙げたはずなのに(怒)。
私は、非常に無責任な話だと思うのですが。
(もし、地元の方が見ていたら、勝手なことを言ってごめんなさい。でも本音です(悲))

幸いなこと?に、いまでも大畑駅には保存鉄道が残っているようです。
写真や記事を良く見ます。
でも、ホームの脇に不釣合いな下北交通時代の車庫がドデンと居座って、どうも好きになれません。

どうせ動態保存までしてくれるのなら、国鉄大畑線の状態のまま保存して欲しかったです。

国鉄大畑線の線路の終端は、本当はどこだったのでしょう?
インターネットで捜しても、やっぱり分かりません(こういう趣味の人は少ないみたいで・・・)。
下北交通時代に、車庫への引き上げ線として、手を加えられた可能性もあります。

おまけに、「大畑(おおはた)駅」で検索して調べても、肥薩線の大畑(おこば)駅ばかり出てきます(笑)。
ループ線とスイッチバック、おそるべし!終着駅より人気があるとは。

これでは、2回も廃止された大畑線大畑駅の霊は浮かばれません!、かわいそうです(泣)。

どうしても大畑線の終点が気になります。
もう一回、巡礼してみましょうか?
恐山も近いし。
イタコに頼んで、大畑線のレールの本当の終端はどこだったのか、聞いてみます(笑)