線路巡礼:魚沼線西小千谷駅(日本の鉄道の運命を変えた歴史的線路・・・、だと思います) | FC2に移転しました(線路巡礼)

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1984年3月3日、魚沼線西小千谷駅を巡礼しました。
雪の中です。行っても線路が見えないでしょうけど、行かないわけにはいきません。
3月末に廃止されることが決まっています。
なんで、もっと早く行かなかったのだろう。自業自得とはこのことです。

来迎寺駅11:26→西小千谷駅11:53

途中駅で、地元の方の乗り降りがあったこと以外、外の景色を覚えていません。
だって、雪だけなんだもん。

終着の西小千谷駅。雪のため分かりませんが、直線ホーム1本、線路1本だけのようです。
ホームから、30mくらいは線路が延びていました(写真1,2)。
というか、しっかり除雪がしてありました。

私は、終着駅に着くと、車止めまで行かないと気が済みません!

スタコラ、除雪してあるレールの上を歩きます。
線路の終点と思われる場所に立ち、振り返って駅を撮影(写真3)。

うーん、線路はどこまで続いていたのでしょう?
そもそも、どういう構内配線になっていたのでしょう?
貨物ホームなんかもあったのかな?

雪の下で、永遠の謎となってしまいました。

こうして昔の写真を見ると、どうやらボーリング場が近くにあったらしいです。
まだ営業しているのでしょうか?

写真4は、来迎寺駅魚沼線ホームです。
来迎寺駅は、越後交通の貨物線の接続駅でもあります。
この時、まだ越後交通のホーム跡(以前は旅客営業もあった)もあり、貨物列車を見ることもできました。


20年後、私は信濃川対岸の上越線小千谷駅から、川を渡って旧西小千谷駅跡を探しに来ました。
西小千谷駅から歩いて20分くらいで川の対岸に来ることができます。たいした距離ではありません。
信濃川という大河だからという理由で、川の両岸に上越線、魚沼線があったらしいですが、橋さえあれば魚沼線なんか不要なことは明らかです。

でも、前に書きましたが、この魚沼線の廃止決定こそが、他のローカル線にも、廃止やむなしの流れを決定付けたことは間違いないと思います。
あの日本の地元エゴの総本山、田中角栄の地元までがバス転換に合意してしまったのです!
もちろん、魚沼線の地元自治体は、そんなことまで考えてアッサリとバス転換に同意したわけではないでしょう。
しかし、その決定は、日本の鉄道の歴史を変えてしまったのです。

残念ながら、旧西小千谷駅跡は見つかりませんでした。

そして、そのすぐ後、新潟地震がこの地区を襲い、上越線小千谷駅付近は大変な被害を受けました。
小千谷駅の鯉のモニュメントは大丈夫だったのかな?
それより、旧西小千谷駅跡はどうなったのでしょうか?

歴史的廃線?
魚沼線西小千谷駅の跡には、どんな歴史的記念碑が立っているのか、ちょっと楽しみです。
なければ、私が行って立ててみたいのですが(笑)。