学校「Wさん! お久しぶりです。・・・お元気そうでなにより。」 いま銀座でエステと新宿のHホテルで女性専用のエステをやられているTさんと青山で談笑する機会をもった。

 「わたしももウ一つアロマで資格を必要とするので今、友人のところで手伝っているのです。・・・・・Wさん!なんというか大きな感謝する存在をわからせるような小説 かけませんか? ・・・・娘がくだらない本ばかり読むので数冊 買つて渡し、推薦本を箇条書きにして渡したばかりです。おとめ座  いまの若い人たちって”何か大きなものに感謝する気持ち”がもてないし、また、教える人もない。」 と言つて 彼女は”三浦綾子”のことを話しだした。

  自分は「細川がラシャ」をんでおり、キリスト教信者の作家という認識のみだった。

推薦された本の中 「道ありきー青春編」からベツドで眠る前 読み出した。  旭川生まれ 17歳でまず小学校教員となった。 学校  旭川・・・我が家の前に居た 故スタルヒンが育つた町だ。 現在、旭川スタルヒン球場と個人名を冠した唯一の球場がある。 そして彼はここで散々嫌な眼にもあっている。 人種差別のある日本でロシア人だからというので学校で町で殴られたり、けられたりもしたらしい。 でも大男であるかれは泰然としていた。 こんな話も全然 別の人から後年聞いたものだ。  ・・・・要するに小ぶりの人間が多いなかで。彼は大物である。  旭川・・・スケールの大きさを感じていた。  三浦綾子の本は まだページ数もたいしことないが、

何か大きさを感じる。 日本の小説家にないものだ