書簡


夢の径がいくつかに枝わかれして
闇は星運きに尋ねられるくらい澄んでいたから
どこに昇れば神さまに会えるのか思いあぐねた
うまれ始めた虹をいくつか過ぎる夢
きのうの歌を唄う夢
大気をよく知る樹々のものに還る
乾きの奥を進む水はささやく

目が覚めてからもよろこびに包まれたまま
もうこれ以上考えられぬからと考える
何故か人は何故を
静止画のように思って太陽を見ている
そんな男のおごり
退屈そうな鴉につきまとわれる
さみしさが何故か何故の僕

 ・

花をたくさん
飾ってあげて と
テラコッタを願って削り積まれた花壇
日暮れを待って水をあげたの

そこに蜂とも蝶々とも感じとれない
まるでニンフの笑顔があったから
水があふれて唇に
涙がこぼれるまであげるの

しおざいがするわ
すると一瞬もっと陰って
体育館の表でバレーボールの練習生が
わっと風を受け止めたわ
それから幼い街路樹の前で
佇むルソーの亡霊を見たの

幻は都会にだって すこし探せば
お互いを祝い合って生きていられるわ
真夏の氷のように
短い今を生き延びながら

 ・

老女の乳房がそよ風にのんびり垂れるから
すっかり珍しくなった停電を待ちながら
半分程にすり減った犬歯で描いた
胡瓜を齧ってことばを眉間に埋め
足の裏を這う小蝿をテーマに

お前もいつかこの裸のように
描かれてくれないか?
こんな寝室
洗濯物たたみながら
おしっこ溜めたまま
時おり驟雨で目を覚ます
真夜中のオーネット・コールマンよろしく
何も残さない玉葱の皮を剥きながら

かけて感情を出し尽くしても尚
眠りのようにからっぽの
真実の先っぽのすき間が気になる
ことをことばで満たすことはきっとできないから
たまにはひっそりと
てのひら重ねてくれないか

 ・

分かりたいだけそうして

足りているの コバルト
ルフランの為の擦り硝子のパレット
いつ剥ぎ取っても構わないけれど
あなたの好きだった色達が
待っているから

好きなだけそうして

さびしくなってしまった部屋に理由はないわ
向こうの教会でずっと祝われていたかったけれど
あなたの望みで今日のわたしの匂いを
窓辺にひとつかふたつ描いてくれれば
並べた絵筆の中から一本だけ選んで
あなたはあなたの花を枯らしている

 ・

いいさ音がやたら響いて後味も豊かすぎるから余計に威を張って
チャ-#4がこれ以上薄まる前に片づけようか
話はお前の拙いキトリが塑像される前のこと
いつの間にか誰もいなくなった客間の暖炉に
何のためか忘れた酒に倦んで投げこむ
濯い忘れた布の汚れっぷりが心地いい

俺はどこから来たのかもう分からないからいいんだ
半熟のまま果実を日常に忍ばす蔦絡まっていいんだ
自由はどうしようもなく退屈なもの
何故だろうお前が笑顔だけ残していった
昨日まで知らなかった道をゆく
返すものなど、無くていいんだ

 ・

ひさしぶりのやわらかな風に
かなしみを思い出してみたの
柔らかく陽射しをゆらすレース越しに見れば
あなたの笑顔だけは、今朝もフライパンの中で元気

忘れないと決めていたの
この不思議な鮮やかさは灰いろで
興奮したかと思えばすぐ疲れたりする
ベランダの隅っこでする独り言が好きな
あなたは洞にねぐらを探すこうもり

生活の網のすき間に指を挿すおんなね
いつも泣くたびかわいた何度も
求められてわたし
神様だって気持ちいいのが好きなの
その名前の前で産まれたてのはだか
胸の尖に甦るのどうしようもないの

あなたとわたし土から産まれて
ながい時間かけて灰に還る
恐ろしい朝と希望の、海へ

 ・

緑の歓声一面に群れ
雲はどこまでもはぐれ
俺はどこにも鍵を掛けない
会わなくなっても
こうして感じる
一日一度の許された打鐘
お前は晴天に似合うきっと今も
降りそそげ
ぽろぽろこぼれるニゲラの種も
赤土の荒野を吹きぬけ
おなじ酒をおなじグラスで
よろこびひとつ朔すまで

鮮やかに
いまだ摂氏三十度
アルタミラで復活し
蜃気楼だって恋する秋の日
お前と一緒に音楽を聴くと
不思議な一致がたくさんあって
ケニ-・ドリューの技の衰えも
山鳴りとなまめかしく混ざり
記憶の中では
かえって瑞々しいくらい

寂しいか 這い出る瞬間
懐かしい の問いに包まれる

 ・

擦り剥けた膝からのぞくの骨
唾をつけてなおす高校生の人
幕前で震えながら台詞を詠って
私だけに眼差しを向けて演じ続けたこと
知ってるわ
みんな嘘だってこと
嘘が実はやっぱり本当で
本当の答えはこれっぽちも嘘にできないって
あなたのことばと
わたしのことばで
たったひとつのいのちになるの
訳はしらない
訳がわかるものは退屈だから
花屋さんが好きなの
あの沈黙が好きなの
湿った空気の中で誰もがおなじ溶けそうな感じ
それは優しさではなくて
祈りでもない
まして迷いで騙る
愛の名なんかじゃない
そうどうでもいいような
思い出したように愛でるだけでいいもの
たくさん選んだ中からほんの少し
大切にしているもののひとつ
生きるだけのこと以外のあなた
何が欲しいの
わたしはどうしても謎をあげたい
すこし寒くたって
わたしは見上げつづけるわ
そうすればきっとなれるわ
いつまでも空になれるわ