すなはまにて


波にかき消され
あるく音も聞こえない
アヴェ・マリアもかき消され
カモメの白い羽音もかき消され
太陽をまっすぐに浴びて
誇らし気に弧をえがく

かすんでゆくまま波にかまれ
風船はつながれた糸をほどかれた
さびしい自由を転がって
いつか割れるか萎むかするのだろう
それまでの自由を自由と試すなら
なかば埋もれた甲羅のにおいや、叫び、夢
かすかに残る感情を、胸にぐっと押しつけた

 (ぼくは水平線を見たことがない)
 (それはいつの間にか水平線だから)

波にかき消され
風にかき消され
一匹の犬が
ひろびろとした単調さを駆け抜ける
大地と海とが交わるところ
あしあとは踵のあたりに
ひかりとかげが分離する




もうひとつ。




 アーメン


ちちとことせいれいのみなにおいてあーめん

幼い頃は弁当箱を開くと呪文のようなあーめんが現れた
まざーが見下ろす屋根はちいさな囲いに睨みをきかせ
あーめん 指を組まされる

チチトコトセイレイノミナニオイテ。アーメン

あーめんは犯す
団栗の樹の下で鬼になった数をかぞえながら狙うあーめん
甲虫が溺れるまで水槽に浮かべる黄金虫を花火で燃やし
灰となった骸はポケットに
蛇の抜けがらのかさかさも
繰り返される笑顔のあーめん
空っぽの鳥かごに残る綿毛に
白黒テレビが映らない時も
青空の乾かないあーめん

あーめんはオルガンの和音のようにおそろしい
蜘蛛の巣に残された蝶の不揃いな胴体に
触れた手首がじゅくじゅくしたって
長いこと掛けて盛りあがった肉瘤は誇らし気
火事になればきっと綺麗な夢が見れたのに
けーさつに母親があたま下げたあと平手打ちされる
あーめんは雨の歌がいくつもあるようなおそろしさ
そんな時ぼくは壁紙の神秘的な模様を見つけ
心を体と感情から切り離さなくてはならない

父と子と精霊の御名に於いて、アーメン

クリスチャンでもないくせに
アーメンがぼくを繰り返すのか
陳腐な慰めを
それでも溢れる野心で
弓矢や鉄砲弾や中性子の前に泣いている
波の遥かでゆれる木片に降り立っても
羽撃けないのでツバメすら癒さない
片手間はグラスの其処で乾いてゆくアルコール
何年も読まれぬまま色褪せてゆく頁
冷え切った夜のベッドで
互いの距離を見張り合うしかないふたり
クリスマスのざわめきに
ひっそりと
聞き耳をたてるホームレスは
かじかむ夜に段ボールで立ち向かったベンチの先端で
絶望に目隠しをされたまま匂いで探るように
思い出すと繰り返す
雨の日になくした靴下が
見つかりますようにアーメン
風が吹いても狼煙が真直ぐしていても
一歩踏みだす度に行方がわからなくなって
嘘だと言われても
信じなければならないだろうし
花は花びらと成れば花として咲くのでは
ない。ならば
皆が自由に国境を掴めるようにアーメン
ことばもやがて不思議な結晶をするだろう
父親がかーさんを叩かない日がくれば
子供達には祝福だけを求め
ただ降り積む

アーメン

 あした、晴れますように




ふたつともかなり昔の。まぁ、詩とか言えるモンやないばってん。
この頃ことばが手に付かないで少し困ってたけれど、またやって来てくれるだろうとたかを括っていた。
そしたら久しぶりの休みに海に行ったらことばが綴った、それがひとつ目。ふたつ目はその数日後。七月に綴ったのは覚えてる。七月はよく言葉が思い浮かぶ。誕生月やけんやろうネ。

先週、またひとつ歳とった。
おめでとう、俺。

一年が、過ぎてゆく速度をどんどん上げていく。好きな曲が懐メロになったら大人の仲間入り?未だ大人としての実感が薄いが、殆どの友人はとっくに父親であり母親だ。
子どもに子どもは造れまい。
(今の子はその辺り進んでいるらしいが)
だから世間的にはとっくに大人の筈の友人が、でっかい子どもみたいに感じられる時もある。そんな俺はさらにガキの要素まる出しで、じゃあ世間が大人と認める俺はいつから自分を大人としたのだろう。

正しいと信じることだけ追い求めていたのが、子どもの頃だ。
弱きを助け強きを挫く。他人の為に尽くし自分は後回し。
お年寄りの荷物を持ってあげる。
交通事故で死んで、野ざらしになっている猫は手篤く葬る。
ご飯はよく噛む。
時間に厳しい人が他の人の時間管理に厳しいように、子ども心の正義はやっぱり人にも同じような正義を他人にも求める。
あくまで俺の場合やけど、それって相手にとってはマジで大きなお世話サマー。
そんな自分が大嫌いだった。
人の為にしてる積もりが、結局は自分の為って知ってしまうとね。
性格ってなかなか変わるモンやないけん軽くひねくれて、やがてお決まりの非行少年化だね。

そんなして正義の味方を諦めてから、少しは人にも自分にも優しくなれたかも知れない。
人に何かを求めてしまうのが、昔のような判決調では、ない。そこに自分の要求が常にあるから。
してあげたいこととして欲しいことの妥協論だな。
厳しい倫理で世界の矛盾に立ち向かう勇気を諦めた優しい言葉は、諦めたことの言い訳だろうか。
人に諦め切れないことと、変われない自分の葛藤が、責めぎ合っているんだな。
こんな性格が高校以来の常態にしてあるから今もガキのまんまなんだろうな。
ならば、せめてコトダマだけは磨いていたい。
俺には、歌うこと奏でること描くことと綴ることしか残されていない。


 霧に恋した

ふいに年経た恋が訪れたんだ真夜中に
小川をはさんで納屋の二階の窓際に立つって
その白い歯に魅せられたんだろうね
きみが思い出せる恋ってやつは
蓮華のように咲いて実を結ぶ
きっと誰だってそうさ
逆光の山を背にした
おさなかった頃は今よりもっと簡単だった
おやすみの
愛の詩で

ずっと想いを隔てていたものが今朝になって
山のかなた海のむこう国境のはるかなんで
愛がきみを遠ざければ遠ざけるほど
太陽に落ちていって跡形もないんだ
それが壁越しの愛ならまだましで
あっけないほどの喪失さ
雨音はまるで夜想曲で
澄ませた耳をいつまでも打つ
おはようは
咎の詩さ


 ・


今日は俺も元気だし
だからきみも元気だ
詩のことを喋るのはもうよそう
それで済むならことは簡単だけど
ふたりきりの世界ですら
きみは自分を綺麗に見ようとするんだね
硝子越しの熱帯魚の求愛みたいに
居合えるなんて憧憬よりも
信じることができたって

今もどこかで誰かが誰かを
平気で裏切った
約束なんて
あってない

だからある日突然俺の世界が
(どうしてかなそれはそう)
消えてなくなっていたとしても
(そんなもんさそうだろう)
きみは自分のあばらを削って出来た銘品のナイフで
今日も懲りずにりんごを齧るだろう?
それからてのひらに残った芯を大切に埋めて
明日に似た希望がくるのを待つのさ
いつ届くのか分からない
ポストに葉書を待ってるんだ

それしかできない
それでも飽きない
飽きたらそれは愛と呼べないし
半身羊のホルンに誘われたふりして
あざみ色した景色の中を行ったしね


 ・


つまりきみはどのあたりを歩いてるの今
春の星座をとぼとぼと
霧に恋した
歌をうたって


 ・


曲がり角で悩むのは悪くないよな
交差点より三叉路が好きって言ったのも
今の俺ならよく分かる
すこしは賢くなったかな
どれだけ好きかってたとえば螺旋階段よりずっとさ
駄菓子屋の前がそうだったからかも

それと空につばめがやってきた
今年も西風にのって名残なく海越えて
去年もそうしてくわえた枝いっぽん
口元のひげの光に乾いた雨つぶ
見上げる幼児の笑顔と


 ・


飽きないことももういいな
愛について語ることもそう
なんの為に書いているのかなんて知りたくないし
知られたくない
あれとかそれとかこっちにあっち
分からないでいることが好きだから
生まれ変わるなら菜の花と決めてるんだ
ことばの数だけ願いを込めたなんて思われたくもない
何故ってことばをつづるのは俺じゃなくてどこかの誰かで
ほんとうの俺は道化の手になる太鼓さ
それともあやつり人形か

この部屋を見てごらん
生きものよりダイナミックだろ
海の底の四季より生々しい変化の過程で
ヒマラヤより輝かしく聳えマリアナより謎深く穿つ
今この時もこえを発し続けて俺をどこか遠くへ誘う
押し入れの奥で見つけられる時を待っているねずみの骸
花壇の裏で色白い節を伸ばしはじめた団子虫のこども
最後にこの胸に乗って眠ったのは
黒猫さ

 内緒話が好きなの
 いつまでも大切にしていたいことが
 ついには思い出せなくなってしまうから
 それが一時わたしの歌になる

そんな歌を聴いたのいつだっけ
いくつになっても
一番大切なものが決められない


 ・


くずかごいっぱいになったからビニールに移して
ゴミは真夜中までに出さなくちゃなんない
シャッターが落ちないカメラ
小さくなったグローブ
鳴らないシンバル
言い訳めいた純粋さ
いらないものははっきりと
いらない そう言えるから
きっと大切なんだろうね
綴り違いの漢字みたいだ
ほんとうの大切にしたいものが
もっとたくさんあるのに
目の前にあるのに
いつまでたっても上手く綴れない
誰も映りにこなくなった鏡の気持ち
プリズムから出てゆく光の叫び
つぶれた木の実の引き剥がしたにおい
吸われる蜜の音
きみに見せたかった紅い花の

それならいっそ眠ったまま起きて
起きたまま死んで
いつまでもゆるして
なきながらわらって
それを思い出せたなら
いいな

ぼくをぼくとして

きみをきみとして