黒く深き穴が目の前にあった。
穴の幅はそこまでは広くなく、私の身長よりは狭いのだと思う。
足を滑らせない様に気を付けながら、前屈みになって覗き込んでも底はまるで見えない。
やれやれ。
どうやら、これからこの中に、又一人で降りて行かなければならないらしい。
この穴は随分昔から、多分私が生まれる前から、そこに存在していたのだと思う。
以前、穴の中に降りて行った時は、白骨死体の様な瀕死の人物に遭遇し、彼の身の上話を聞く羽目になった。
姿なきガイドの声が、上から聴こえる。
何かその道を行くのに必要な道具があったら、持って行っても良いですよと。
え?今度は道具を持参して良いのか!
私はちょっと考えて、、、
そう!ロープと思った。
ロープを持って行く。
この真っ暗な闇の中で迷子にならない為、そして、又元の道を辿ってここに戻れる様に。
ロープ!それは良いですね、とガイド。
そして、私は真っ暗な穴の中にロープを垂らし、それを伝ってスルスルと深い闇の中へと降りて行った。
暫くすると地に足が着いた。
時間がかかると思いきや、案外呆気なく辿り着いた。
その先を奥へと更に進んで行く。
この先に小さな部屋があると、ガイドは言っていた。
やがて、ゴツゴツした岩だらけの炭鉱の様な洞穴の先に、朽ち果てそうな木の扉が見えた。
大きさは、さほど大きくはない。
大人が丁度、通り抜けれる位。
ガイドに促され、その扉を左手で開けて、中へと入ってみる。
その扉の向こうに拡がっていたのは、、、
湿気に満ちたカビ臭い闇の世界ではなく、光に満ちた春の世界!
春爛漫のその地には、オレンジや黄色や白の色とりどりの…これは、芥子?
そう、ポピーが咲き乱れていた。
辺りを見渡すと、遠くに雪がまだ残っている山々が連なっている。
私以外誰もいない、時が止まったかの様な穏やかな空間。
静かな花畑に佇んでいると、暫くして水のせせらぎが聴こえてきた。
小川が流れていますと、私はガイドに言った。
小川には水車が設けられ、小屋も建っていた。
どこかに落ち着きたいと歩いて行くと、一本の大木が見えた。
ここにしよう。
木の下には座り心地の良さそうな岩があり、その上に腰をおろす事にした。
そこでガイドに導かれ、小屋の中に意識を飛ばしてみる。
中には??
一人の質素な服を着た中肉中背で、光沢のない金髪の男がいた。
年の頃は、30代後半から40代前半?
その男は簡素なベッドの上に、両目を手で押さえて座りこんでいた。
※画像お借りしました。