これまでは
2023年5月15日に
食道胃接合部癌のステージ3と診断された
父(当時66歳)の闘病の様子を
娘目線で記録してきました。
2024年4月10日に父は旅立ちました。
ここからは、
私と弟たちのあれこれや、
思い出話や私の気持ちなど
思いつくままに綴っていきます。
姉弟紹介
私(長女)→このブログ主。県外住み。父の選んだ治療法に賛成の立場をとってきた。個人的には標準医療と自然療法を併用したい派。
弟(長男)→家業と実家を継いだ。標準治療反対派で、父の治療には一切関わらないと宣言。余命宣告後は実家に帰ってきて、つきっきりでサポートした。
弟(次男)→県外住み。父の選んだ治療に賛成というスタンス。
弟(末っ子)→県内住み。歳の離れた三男。父の病気発覚後、遠方への通院の付き添いなど全面的にサポートした。
前回の続き。
長男から叔母との話の内容を聞いていくと、
悪口と言うほどでもなかったし、
叔母が不憫に思えました。
父から聞いた事ありますが、父たちは祖父母の遺産相続の分配で後々揉めました。
その件で、色々と叔母からも話を聞いたそうです。
誰よりも祖父母のために動いた叔母でしたが、
相続した遺産は誰よりも少なかったそうです。
祖父母は遺産の分け方について何も言い残していませんでした。
だから、父の仕切りで各々の現状と今後を鑑みつつ分配したため、生活に余裕がある叔母はほとんど貰えず、ずっと不満があったのだとか。
伯父が亡くなって相続した時も同様で、やはり微々たる額しか相続できなかったという叔母。
生活にゆとりがあろうとなかろうと、遺産の相続額に差が出るのはおかしな話だと私も思います。
それでも兄弟との今後を考え堪えた叔母。
しかし、
その数年後に叔父に唆された叔母は、父を激怒させてしまい縁を切られ、
叔父にはたかられて疎遠になったという…。
本当に不憫
長男が、
「叔父さえいなかったら、お父さんと叔母ちゃんはずっと仲の良い兄妹で、最期も俺たちと一緒に病室にいたかもしれん。」
と言いました。
そうだね。そうだったらよかったのに…。
よく効くらしい。