こんばんはニコニコ

スケープゴートについて書きます。

今の病院に通うようになって、今のドクターとカウンセラーさんに診ていただくようになって、三年半経ちました。

私のうつ病の原因のひとつに母子関係があると指摘を受けています。

その前に通っていた病院のドクターも、母子関係が影響していると言っていました。

以前のドクターに、初めて母子関係についての指摘を受けたときは驚きました。私が母の話とは全く無関係な悩みを話したのに、母子関係を指摘されたからです。

私は当時のドクターにこう言いました。
「どうせ誰も私の話なんかに興味はないんだ、みんなイヤイヤ聞いているだけなんだと思っています。先生も、どうせ私の話なんか聞く価値がないと思っているに違いないって、思っています。」
そしたら当時のドクターはすぐさまこう言いました。
「それは、お母さんとの関係が悪い」
その言葉をきいたとたん、涙が出ました。
私はそれまで母との事は誰にも話したことはありませんでした。ドクターにも話していなかったのに。無関係な悩みを打ち明けたつもりだったから、驚きましたが、だからこそ、私は、うつ病の原因のひとつに母子関係が確実にあるんだと、信じるようになりました。それまでは、自分のつまづきを母のせいにしたら、負けのような気がしていました。

それからいろいろあって、病院を変えて、今のカウンセラーさんに診ていただくようになりました。今のカウンセラーさんにも、自分から進んで母の話をしたことはありませんでした。でもカウンセラーさんを信頼できるようになってきた頃、気が緩みました。
「母と弟には、毎日、夕食後に、2時間くらいは離れないで、ずっと抱っこしている習慣がありました。私はそれをずっと、見ていました。待っていれば自分の番が来ると信じて、毎日、待っていました。弟が13歳になるまでその習慣は続きました。13年間、毎日、待ちました。でも私の番は来ませんでした」
そう話しました。今思うと、前後のカウンセリングの脈略と無関係にそのエピソードを突然打ち明けたように思います。
その日、カウンセラーさんは、
「今日はやっとlunaantonさんの心のやわらかいところに触れられた気がします」
とおっしゃいました。

また時間がたって、カウンセラーさんに教えてもらいました。私は母のスケープゴートだったと。スケープゴートというのは、“身代わり”“生け贄”という意味だそうです。

母は、母が受け入れられない、母自身の感情を私に投影して、私を責める事で、母自身を保っていたのではないかと、カウンセラーさんは考えているそうです。

例えば、3歳の頃、しきりに母が私を「いやらしい女だ」とののしる事が続いていた時期がありました。それは、カウンセラーさんによりますと、母が母自身をいやらしい女だと思っていて、そういう自分を受け入れられないから、私に投影して、私を「いやらしい」と決めて、責め立てて、葛藤を消化していたのだそうです。

他にも、例えば、スケープゴートの有名な例には「家庭内暴力を奮うA君」みたいな物もあるそうです。実際に暴力をふるっているのはA君なのですが、実はその家庭には暴力的な空気が蔓延していて、その空気を敏感に察知して暴力を振るってくれるA君を見ることで、実はA君の家族のストレスが発散されている。

スケープゴートに家族の中の誰を選ぶか?という問いの答えは無意識に出されるようです。家族の中で一番感受性の高い人を無意識に選んで無意識にスケープゴートにするのだと、カウンセラーさんはおっしゃっていました。

それからまた時間がたって、母や父とも関係は良好になり、というか、わりと以前から表面上は良好ではないかと思いますが、最近は、内面的にも良好になりました。

そして、いろんなきっかけや巡り合わせや、ブログでもたくさんきっかけをいただいて、体調が安定してきて、就職先も決まり、見え方、感じ方が変わり、晴れやかな毎日を過ごすようになって、私に変化が起こりました。

“子供の頃からうつ病”というカウンセラーさんの見立ての意味が、やっと分かると感じました。うつ病が治りきったとは思いませんが、晴れやかな気持ちで毎日を過ごすようになって、こんなにも、日常は、穏やかで温かくて明るくて軽くて楽しいのかと知ると、許せないと思いました。

こんな毎日があったのかと。うんと小さな頃から、本当なら私にも、こんなに晴れやかな毎日があったのかと。私はこんな日常を39年間分(39歳なので)も奪われていたのかと。

楽しい毎日を取り戻して初めて、奪われていたものの大きさを知って、改めて、両親が許せないという強い気持ちが沸いてきました。

今さら恨みが沸いてくることに戸惑いましたし、これほど役に立たない感情とタイミングが他にあるだろうかと思いました。

しかし、ふと思いました。

『正攻法をまだやってない』


本やインターネットでよく見かけるのは、
「子供を虐待する親とは、とにかく距離をおくこと、関わらないこと、絶縁すること、そして復讐しないこと、幸せになるのが一番の復讐、復讐なんかのために自分の幸せを犠牲にしたくないと思えるようになること
というような趣旨の文章でした。

しかし、正攻法を試した人はいないのかな?私は試してみたい!
そういう衝動が沸いてきました。

私の考える正攻法とは、
「お母さんの葛藤はお母さんにお返しします」
「お父さんの葛藤はお父さんにお返しします」
という事です。

私が受けてきた言葉を返すことなら出来る。身体的な方の虐待は返すのはこちらも失うものがあるし手とか足とか多分痛いし体力ないし、私は無理。出来ません。見たくないし。そういう光景を。

でも、預かった葛藤をただそのまま、お返しするだけなら、投影された感情を、母に、ついでに父にも、返しちゃえば、どうなるのだろうか。

私は母の変わりに、身代わりに、葛藤してきたのだから、自分にはない悪徳を母に持たされて責められて、それが自分だと信じこんで、自分を責めて悩んで、母の人生を生きてきたんだから、母に、返したい。父についても同じ。

そう思いました。
この今のタイミングで沸いてきた恨みまで、無き物にするなんて、そこまで耐える必要はないのではないか。無かった事にするには大きすぎる。

だったらせめて、両親が私に投影しっぱなし、預けっぱなしで無き物にしてきた本人達の負の側面を返したい。苦しむべき人に苦しみを返したい。一時的にでもその苦しみを肩代わりしてあげただけでも、充分、親切だったのではないか。

もう、我慢したくない。
もう解放してほしい。
怒る自由がほしい。


でも、両親にその心の体力はあるだろうか。元々、その葛藤に堪えられる精神力が無いから、他者に投影して、なんとか生きてきたのだろうから、返却したら持ちこたえられなくて、心も命も危険な状態にならないだろうか。それに、返却する方法なんてあるのだろうか。

そういう事も考えましたが、幸い、母はうつ病や母子関係について、私のうつ病をきっかけに、自ら勉強をしてきた様子が見受けられました。父についても、変化が見受けられました。最近の両親の様子ならば、会話が成立しそうだと思いました。

私がまだ継続的な被害(フラッシュバックや人間不信や色々な日常生活における困難)に遭い続けている事も、実はまだちゃんと伝えていませんでしたし。

被害に遭い続けているのに許せないのは当たり前だと妙に府に落ちました。被害に遭い続けているのだから許せないのは当たり前だというのに、許せないのは自分が執念深い性格だからに違いないと自分を責めていた事にやっと気づきました。

私はもう解放されたい。
両親を恨むことから解放されたい。

それで、そこまで考えたところで、見切り発車で、まずは母に、電話をしてしまいました。

母に全部話しました。
母は時々泣いたりわめいたりしながら全部聞きました。母がわめくたびに、私は言いました。「今お母さんがわめいているまさにその葛藤を私は返します。だからもう私に怒鳴らないで。その怒鳴りたい気持ちを自分の中で処理してください。」
そう言う度に母は言葉を失いました。

続いて父にも電話しました。
父は四人兄弟のうち、私以外の3人が嫌いです。表面的には子供達や孫達みんなと仲良く楽しく今でもすごしているのに、内緒だけれどと前置きして、そうはっきり私に言うのだから私は父が嫌いでした。私以外の3人が嫌いな理由も身勝手です。私以外の3人が父の期待に応えなかったからです。成績と就職とお行儀という点について期待に応えなかったからです。また、その3人は無事に反抗期を迎えていましたが、私には反抗期がありませんでした。父は父に歯向かった子供は嫌いなのです。そして、母が私にいろいろな感情を投影しなければ生きていけないほどに追い詰められていたのだから、パートナーである父にもその責任は重大にあるはずだ。まだまだありますが割愛しまして、そのような事を話しました。
「お父さんは私を好きだと言う。でもお父さんは私がどんな人間だか知らない。私の話を聴いた事がないのだから。どんな人間か知らない人をどうやって愛せるの?」
「私は他者と比較して優秀かどうかなんて事には興味はない。私を知ろうとする愛情が欲しかった」
と言いました。
父も返す言葉がない様子でした。

そうやって両親に電話をして、話を終えました。

それから数日たって、また母に電話しました。
両親に伝えようとしたことはちゃんと伝わったかを知りたかったのと、やっぱり冷静には話せなくて、主旨を伝えるには不必要な人格への罵倒を時より口にしてしまった事のお詫びを言いました。

そしたら母が言いました。
「lunaantonちゃんは良い子だからあんな事言うわけない、病気のせいに違いないと、お父さんとも話していたのよ。」

という事で、見事なセカンドレイプに遭いました。

「でもlunaantonちゃんとは話しづらいし会いづらくて。うっかり下手なこと言うとすぐ傷ついちゃうし怒っちゃうみたいだから」
とも言われました。それは私もそう思う。私とつき合う人は大変だ。私もそこを解決して、関わって下さる方には楽しい時間を過ごしてもらえるようになりたいと思っているのですが、解決策がまだ浮かばずにいるので、母の言うことももっともだと思いました。しかし両親にそれを言われるのは不愉快でした。両親の私にしたことは度を超えていたはずなので。私じゃなくても怒るし傷つく行為だったと思うので。

いずれにしても、スケープゴートの返却は徒労に終わったと、かなりショックでした。
なんの意味もなくセカンドレイプにあう始末で。
そのあと父にも電話しましたが、だいたい同じ反応でした。

しかし数日後、変化がありました。
まずは私に。
“ああ、嫌われたのか”と思いました。両親についに本心を話して、葛藤を返しますと宣言したら、嫌われた。見離された。用済みになったんだ、私は。そう思いました。私は両親に嫌われないためだけに頑張ってきたんだ、嫌われるのが本当に怖かったんだ、本当に見捨てられるくらいならスケープゴートでもなんでもいいから役目を負わされていたかったんだ。それを断ったらあっけなく捨てられた。ついに本当の意味で見捨てられた。そういう事か。

そう思ったら、想像していたよりもずっと、怖くなかったな、と思いました。
私は見捨てられるのが怖くて怖くてしょうがなかったんだな。だから自らスケープゴートのままでいようとした点もあったんだな、という事に気づいた事の方が大きくて、捨てられたんだって事の悲しみに一気に襲われる訳ではないんだな、と思いました。

そうして数日過ごしたら、自分が日常生活で病的な葛藤に襲われたりフラッシュバックに襲われたりする事が減っていることに気がつきました。そういう事に襲われても、「いや、でも、これ、もう返したんだった。私の葛藤じゃなくて母の葛藤なんだった。」と思うと、気にならなくなりました。すぐに気分が切り替わるようになりました。それだけでも、試した価値はあったかもしれないなと思うようになりました。それだけでも充分な成果だったと思いました。やっぱり返却して良かったと思いました。

そして数日後、母から電話があり、耳にピアスが入って取れなくなって痛い、と話したら、いつも通り過保護チャンネルが入って母は大騒ぎでした。母の後ろで大騒ぎしている父の声も聞こえました。あれ?見捨てられたはずなんだけどな?と思いました。
また数日後、「耳鼻科にはちゃんと行ったのか」とメールが来ました。やっぱり見捨てられてはいないらしい。「ちょっと遠くの病院に旦那さんが運転して連れていってくれたよ」と返信したら「旦那さんにお母さんからのお礼を伝えてください」とメールが来ました。やっぱり全くいつも通りの過保護です。
見捨てられてはいない様ですが、やっぱり両親に変化がないと言うことは、『スケープゴートの返却は被害者には有効だが加害者には無効』っていう結論でいいのかな?

とも思いましたが、
最近、両親にも変化がありました。

父は
「もうlunaantonの職業には口を出したくないから、頑張って口出ししないように我慢するから、うっかり口を出しちゃうと嫌だから、新しい仕事の事は教えないでくれ」
と言い出しました。
うつ病になってからも、
「お前はこんなところでくすぶっている人間じゃない」
とかなんとか言っていた人が。
変わりました。

母はただの仲良しになりました。
lunaantonちゃん繊細すぎてめんどくさいって母があまりに頻繁に言うようになって、それが母の大きな変化です。私に嘘をつかなくなった。母はそれが言えるようになって楽になった様です。私は母が嘘をつかなくなった事が嬉しい。

「lunaantonちゃん繊細すぎてめんどくさい」
「お母さん鈍感すぎて嫌」

それが言えるようになって、未だに止まない両親からのセカンドレイプ発言にも、前より余裕を持ってブログで愚痴れるくらいにはなりました。やっと、両親が弁解したい気持ちも分かると感じるようになってきました。

最近は両親がちゃんと多面体に見えます。鈍感すぎて、失礼で、私をちゃんと好きな人達。
人が多面体に見えるって本当に嬉しいです。鈍感でも失礼でも、好きなところもちゃんとある。

結局、一番のポイントで、一番大きかったのは、私が、「もう両親を恨むことから解放されたい」と思って行動した事だったのかもしれません。結果、両親に変化があったのは、たまたまかもしれないし、オマケのような物で。

ここから先は、フラッシュバックも、人間不信も、自分の力で乗り越えていこうと思います。
もう両親とは別の人生、やっと切り離された。
もうおしまいですニコニコ

それで私は、多分、頑張るの嫌いなんです。
ピアノにしても仕事にしても勉強にしても、子育てにしても家事にしても、服装とかも。100パーセントの力を出しきるのが嫌です。
いつも6割くらいの力で生きていきたい。
いつも6割の生活で6割の幸せ。
そのくらいがなんだか好きみたいです。

という事で来週月曜日からはいよいよ仕事です。その前に櫻井くんの映画を見に行けますように。(人混みが苦手だからまだ踏ん切りがつかずに、自分の決意待ちの状態です)

それではニコニコ
長かったですが
ここまでお付き合いありがとうございましたニコニコ
雨や寒暖差で体調いかがでしょうか。
どうぞお大切に過ごされますようにニコニコ
おやすみなさいニコニコ