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英語→日本語 或は 日本語→英語。
訳したり、書いたり、読んだり、聴いたりするとき、日本語を考えてから英語にする。
完璧にそれらをしようとしてしまう自分がいる。
英語から日本語に訳すとき、完璧な日本語に訳そうとしてしまう自分がいる。
間違いたくないという気持ちが優先して、完璧にしようとしてしまう自分がいる。
深く考えすぎて、時間をかけてしまっている自分がいる。
日本語に頼りすぎてしまっている自分がいる。
『絶対に、この文はこう訳さないといけない』という、思い込みが激しい自分がいる。
完璧に完璧にと、パーフェクトを求めている自分がいる。
パーフェクトを求めなくてもいいのに、間違っても構わないのに、どうしてパーフェクトを求めているのか、分からない自分がいる。
自信を持てない自分がいる。
深く考えすぎて、パニックになっている自分がいる。
深く考えすぎて、苦しんでいる自分がいる。
頭の中では理解していても、いざ口に出してみると、失敗を恐れている自分がいる。
本番になると、緊張して苦しむ自分がいる。
人前になると、緊張して頭が真っ白になっている自分がいる。
パニック状態になって、苦しんでいる自分がいる。
本当に、私は自分が嫌いです。
何かに苦しんでいます。
Anyone don't understand about me.
自分が嫌で本当に嫌で、And I want to suicide.
だれか、私を止めて。
『絶対にこうでないとダメ』という思い込みをしている私を止めて。
苦しい。
英語から日本語に訳すことに苦労している。
本当に、自分が何をしているのか分からない状態が続いている。
もう、誰かに 私を 止めて。
訳したり、書いたり、読んだり、聴いたりするとき、日本語を考えてから英語にする。
完璧にそれらをしようとしてしまう自分がいる。
英語から日本語に訳すとき、完璧な日本語に訳そうとしてしまう自分がいる。
間違いたくないという気持ちが優先して、完璧にしようとしてしまう自分がいる。
深く考えすぎて、時間をかけてしまっている自分がいる。
日本語に頼りすぎてしまっている自分がいる。
『絶対に、この文はこう訳さないといけない』という、思い込みが激しい自分がいる。
完璧に完璧にと、パーフェクトを求めている自分がいる。
パーフェクトを求めなくてもいいのに、間違っても構わないのに、どうしてパーフェクトを求めているのか、分からない自分がいる。
自信を持てない自分がいる。
深く考えすぎて、パニックになっている自分がいる。
深く考えすぎて、苦しんでいる自分がいる。
頭の中では理解していても、いざ口に出してみると、失敗を恐れている自分がいる。
本番になると、緊張して苦しむ自分がいる。
人前になると、緊張して頭が真っ白になっている自分がいる。
パニック状態になって、苦しんでいる自分がいる。
本当に、私は自分が嫌いです。
何かに苦しんでいます。
Anyone don't understand about me.
自分が嫌で本当に嫌で、And I want to suicide.
だれか、私を止めて。
『絶対にこうでないとダメ』という思い込みをしている私を止めて。
苦しい。
英語から日本語に訳すことに苦労している。
本当に、自分が何をしているのか分からない状態が続いている。
もう、誰かに 私を 止めて。
劇とミュージカル
徳島県の小学校から香川県の小学校に移ってから、初めてのことがあった。
それは『なかよし集会』である。
『なかよし集会』とは、普段の勉強の成果を全校生徒や保護者の前で発表するものである。
『なかよし集会』といっても、お芝居や歌を歌うことがメインだったけど。
実は、なかよし集会で初めて劇(お芝居)というものに出会った。
初めての『なかよし集会』では、どんな劇をしたのかは覚えていない。
だが、ナレーターをしたことは覚えている。ナレーターを初めてしたが、本番までは何度も間違えて失敗することが多かった。でも、本番では上手くナレーターをすることができた。
さらに、小学校3年生の時のこと。
音楽の授業でミュージカルをした。
これが、ミュージカルの出会いである。
実は、音楽の先生は劇団プチミュージカルの先生でもあった。先生は、脚本と作詞曲をする先生だ。
少し、余談が入ったが本題に戻って。
やったミュージカルが『織り姫と彦星』というミュージカル。何の役をやったかは覚えていない。
台詞はもちろんだけれども、歌もあった。
正直、歌うのは苦手な部分はあったけど。
台詞をいうことが楽しかった。
台詞をいうことで、役の気持ちを感じとることができるのが楽しいと感じた。
小学校4年生・5年生の時もミュージカルを授業でしたけど、どんな役をやったのか覚えていない。でも、何かの役をしたことは確かである。
踊りは苦手だけど、劇というものに虜になっていった。
役を演じることは、自分ではなく役。
その人になって演じる楽しさが好きだった。
小学校6年生、つまり小学校最終学年。
『PICO』というミュージカルを卒業ミュージカルとして全校生徒や教師、保護者の前で発表した。
私が演じた役は『ピコ』。主人公の女の子である。『ピコ』の役を演じたのは私以外に2人いた。つまり、トリプル・キャスト。トリプルキャストとは、一つの役を三人で演じること。ちなみに、一人で二つの役を演じるのがダブル・ロールで、三つの役ならトリプル・ロールである。
少し、余談が入ったが本題に戻ろう。
私が何故主人公を演じようと思ったか。
最初は脇役を演じることを考えていたが、先生が言ったことが心に響いた。その言葉が「先生だったら、長い『台詞』がある『役』を選択して、その役を演じきる」という言葉だった。
私は、『だったら、主人公のピコを演じてみよう。この役なら、出る場面も多いし台詞も長いものから短いものまである。それに、主人公を演じるのも楽しいかもしれない。難しいけど、挑戦してみよう』と思った。
そして、私はその役を演じることになった。
多分、先生の言葉がなければ、私は脇役を選んでいたかもしれないけど、主人公ピコを選んでよかったな、と思っている。
このミュージカルの練習で、大変だったこと。
まず、主人公になりきれてなく、ピコではなく自分自身のままだった。どうやったら、上手くピコになりきれるのか日々考えることが多かった。だが、何度も練習していくうちに、私ではなく主人公になりきることができた。自分ではなく主人公に。主人公を演じたとき、主人公の世界に入り込んでいた。Ringka【※アメーバーのニックネーム】ではなくピコそのものになっていた。練習中だったけど、主人公を楽しく演じていた。演じることが好きになっていた。
もう一つは歌。私自身、歌うことは難しいことだった。なぜなら、私は音痴であり、音程を外すこともよくあったからだ。
レコーディングの時、音程を外すというミスをした。声の大きさもよくなかった。だが、何回もレコーディングしていくうちに音程が合い、声もだいぶ出て、自分の納得のいくレコーディングをすることができた。
練習時間も少なくなり、本番も近づいてきた。
自分なりの台詞、感情、歌を上手く表現できるようになった。
最初の頃は、台詞を覚えるのが精一杯だったが、練習を重ねていくうちに主人公の感情表現を考えながら演じるようになっていた。
キツク言ったり、ボソッと言ったり、暗そうな感じで言ったりと場面場面に合わせて感情と台詞を自分なりのやり方で表現できるようになっていた。
さらに、歌は時々歌詞を間違えることも多々あった。でも、何度も歌っていくうちに歌詞を間違えずに歌っていた。
最初の頃は失敗を恐れていた私が、回数を重ねることに失敗を恐れないで歌っている私がいた。
台詞も踊りも歌も、納得がいかないことが多かったが、回数を重ねていくことに、私なりに納得したピコになっていた。
『ピコ』という少女は、友達はいらないっている女の子で、パソコンを得意としている女の子。だから、演じる前、自分とは逆の立場だなと思った。自分とは逆の立場を上手く演じるのは大変だった。だが、回数を重ねていくことにピコそのもののパーソナリティを演じられるようになっていた。自分なりに考えたピコを演じることができて嬉しい気持ちになっていた。
そして、迎えた本番の日。
私の母や友達の母が来てくれた。
小学校生活最後のミュージカル。楽しんで演じようと思った。
全校生徒や教師、保護者の前で発表。今まで(練習中)とは違う、緊張感とプレッシャーがあった。だが、本番は一発勝負のみだからと、私は深呼吸してリラックスした。
小学校生活最後のミュージカルなんだから、楽しもうと。楽しんで笑顔で終わろうと。
本番が始まった。
本番が始まったら、RINGKAではなく、ピコになっていた。
劇モードになっていた。
私はピコという少女になっていたので、観客のことは気にせずに演じていた。
楽しみながら、感情を重視した台詞を言ったり、歌いながら踊ったりとミュージカルを楽しんでいた。
本番が終盤になるにつれて、最後なんだなと思うと寂しくなった。
だが、最後の最後まで諦めずに練習して、本番では楽しんでミュージカルをすることができた。
ミュージカルとなかよし集会で、劇というものに出会った。
劇は難しく感じていた時期もあったが、この二つの劇を通じて、どんな役を演じても自分にはない感情や台詞を考えながら演じ、練習も本番も楽しくやればその役を演じることができるというこてを学んだ。〃〃
それは『なかよし集会』である。
『なかよし集会』とは、普段の勉強の成果を全校生徒や保護者の前で発表するものである。
『なかよし集会』といっても、お芝居や歌を歌うことがメインだったけど。
実は、なかよし集会で初めて劇(お芝居)というものに出会った。
初めての『なかよし集会』では、どんな劇をしたのかは覚えていない。
だが、ナレーターをしたことは覚えている。ナレーターを初めてしたが、本番までは何度も間違えて失敗することが多かった。でも、本番では上手くナレーターをすることができた。
さらに、小学校3年生の時のこと。
音楽の授業でミュージカルをした。
これが、ミュージカルの出会いである。
実は、音楽の先生は劇団プチミュージカルの先生でもあった。先生は、脚本と作詞曲をする先生だ。
少し、余談が入ったが本題に戻って。
やったミュージカルが『織り姫と彦星』というミュージカル。何の役をやったかは覚えていない。
台詞はもちろんだけれども、歌もあった。
正直、歌うのは苦手な部分はあったけど。
台詞をいうことが楽しかった。
台詞をいうことで、役の気持ちを感じとることができるのが楽しいと感じた。
小学校4年生・5年生の時もミュージカルを授業でしたけど、どんな役をやったのか覚えていない。でも、何かの役をしたことは確かである。
踊りは苦手だけど、劇というものに虜になっていった。
役を演じることは、自分ではなく役。
その人になって演じる楽しさが好きだった。
小学校6年生、つまり小学校最終学年。
『PICO』というミュージカルを卒業ミュージカルとして全校生徒や教師、保護者の前で発表した。
私が演じた役は『ピコ』。主人公の女の子である。『ピコ』の役を演じたのは私以外に2人いた。つまり、トリプル・キャスト。トリプルキャストとは、一つの役を三人で演じること。ちなみに、一人で二つの役を演じるのがダブル・ロールで、三つの役ならトリプル・ロールである。
少し、余談が入ったが本題に戻ろう。
私が何故主人公を演じようと思ったか。
最初は脇役を演じることを考えていたが、先生が言ったことが心に響いた。その言葉が「先生だったら、長い『台詞』がある『役』を選択して、その役を演じきる」という言葉だった。
私は、『だったら、主人公のピコを演じてみよう。この役なら、出る場面も多いし台詞も長いものから短いものまである。それに、主人公を演じるのも楽しいかもしれない。難しいけど、挑戦してみよう』と思った。
そして、私はその役を演じることになった。
多分、先生の言葉がなければ、私は脇役を選んでいたかもしれないけど、主人公ピコを選んでよかったな、と思っている。
このミュージカルの練習で、大変だったこと。
まず、主人公になりきれてなく、ピコではなく自分自身のままだった。どうやったら、上手くピコになりきれるのか日々考えることが多かった。だが、何度も練習していくうちに、私ではなく主人公になりきることができた。自分ではなく主人公に。主人公を演じたとき、主人公の世界に入り込んでいた。Ringka【※アメーバーのニックネーム】ではなくピコそのものになっていた。練習中だったけど、主人公を楽しく演じていた。演じることが好きになっていた。
もう一つは歌。私自身、歌うことは難しいことだった。なぜなら、私は音痴であり、音程を外すこともよくあったからだ。
レコーディングの時、音程を外すというミスをした。声の大きさもよくなかった。だが、何回もレコーディングしていくうちに音程が合い、声もだいぶ出て、自分の納得のいくレコーディングをすることができた。
練習時間も少なくなり、本番も近づいてきた。
自分なりの台詞、感情、歌を上手く表現できるようになった。
最初の頃は、台詞を覚えるのが精一杯だったが、練習を重ねていくうちに主人公の感情表現を考えながら演じるようになっていた。
キツク言ったり、ボソッと言ったり、暗そうな感じで言ったりと場面場面に合わせて感情と台詞を自分なりのやり方で表現できるようになっていた。
さらに、歌は時々歌詞を間違えることも多々あった。でも、何度も歌っていくうちに歌詞を間違えずに歌っていた。
最初の頃は失敗を恐れていた私が、回数を重ねることに失敗を恐れないで歌っている私がいた。
台詞も踊りも歌も、納得がいかないことが多かったが、回数を重ねていくことに、私なりに納得したピコになっていた。
『ピコ』という少女は、友達はいらないっている女の子で、パソコンを得意としている女の子。だから、演じる前、自分とは逆の立場だなと思った。自分とは逆の立場を上手く演じるのは大変だった。だが、回数を重ねていくことにピコそのもののパーソナリティを演じられるようになっていた。自分なりに考えたピコを演じることができて嬉しい気持ちになっていた。
そして、迎えた本番の日。
私の母や友達の母が来てくれた。
小学校生活最後のミュージカル。楽しんで演じようと思った。
全校生徒や教師、保護者の前で発表。今まで(練習中)とは違う、緊張感とプレッシャーがあった。だが、本番は一発勝負のみだからと、私は深呼吸してリラックスした。
小学校生活最後のミュージカルなんだから、楽しもうと。楽しんで笑顔で終わろうと。
本番が始まった。
本番が始まったら、RINGKAではなく、ピコになっていた。
劇モードになっていた。
私はピコという少女になっていたので、観客のことは気にせずに演じていた。
楽しみながら、感情を重視した台詞を言ったり、歌いながら踊ったりとミュージカルを楽しんでいた。
本番が終盤になるにつれて、最後なんだなと思うと寂しくなった。
だが、最後の最後まで諦めずに練習して、本番では楽しんでミュージカルをすることができた。
ミュージカルとなかよし集会で、劇というものに出会った。
劇は難しく感じていた時期もあったが、この二つの劇を通じて、どんな役を演じても自分にはない感情や台詞を考えながら演じ、練習も本番も楽しくやればその役を演じることができるというこてを学んだ。〃〃

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