「自分って何だろう」
そう考えたとき真っ先に思い付いたのはただの親専用列車。
親の言ったことだけやって、他はすべて捨てて敷かれただけのレールの上走るだけのただの列車のようなものだった。
頭のいい友人だけと仲良くしなさい、ほかの頭悪い人間は悪影響でしかないから。
勉強は先取りしなさい、このワークを1日数ページできるまでやりなさい、何においても一番であれ。できなかったときは躊躇なく親という力でいたぶりわからせる。
それが親の言い分だった。
私はそれをそうなんだと純粋に信じてしまった結果今のようになってしまったのだ。
もっと人と交流すればよかった、もっと遊んだりゲームで遊んだり、どこか出かけたりしたら今とは全く違う自分がいたのではないかと思ったのだ。
今となってはもう遅い。
そう遅すぎたのだ。
やっと自分のやりたいことや自発性が芽生えてきたのはつい最近の出来事。
今まではすべて旦那に任せっぱなしで、洗濯物干すの頼んだ、とか買い物頼んだ、とか言われてからでないと結局何もできなかったのだ。
仕事やバイトだってそうだった。
○○さん、あれやって、これやって。そういわれなくちゃ動けなかったただのロボットだったのだ。
旦那と出会って約6年結婚してそろそろ3年目になるが旦那の転職を機に私にもやっと自分のやりたいことがわかったのだった。