私の母は
私が幼かろうが
病気をしていようが
私の元へと帰っては来なかった
父は薬物中毒者だった
母はギャンブル依存症だった
パチンコ屋
車内に放置なんて当たり前
幻覚を見ている父に
暴言をはかれる事もある
幼稚園も保育園もちゃんと行った事がない
小学校入学
朝起きて朝食が用意されている事は
ほぼ無い
なので1年生から
目覚ましで自分で起き、自分で髪を結び、
朝食は作れなかったので食べなかった
母が私に興味がない事を
私は4、5歳で理解をしていた
よその子供が親に甘やかされ
関心を受け
いつでも見守られている事を
私は不思議に思った
どうして、うちの親はそうならないのだろう。
私が悪いからか
私の何かがそうさせるのか
小学1年生には
大人の複雑な事情
感情の動きに敏感になった
そして理解できるようになった
関心を引くために
幼い私が選んだ唯一の方法は
嘘をつくことだった
大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした
子供でいたかったのに大人のふりをした
次第に子供という立場を利用して
大人を利用したりできるようになった
子供の私の中身は
子供では無かった
今でも鮮明に記憶を語れるのは
私はもうすでに子供では無かったからだ
小学3年
親が離婚をした
母親がクスリでおかしくなった父に
殴られ引き擦りまわされ
その仲裁に入れと私の背中を押す祖母
そんな毎日が終わった
そして、ネグレクト
母からの育児放棄という虐待が
本格的に始まったのだ
電気もガスも止まった家に
私は帰った
水道が止まった家で
喉が乾いて冷蔵庫にあったビールを飲んだ
家の光熱費は何かしら見払いで
何かしらが止まっていた
もうその頃には
家事全般はできるようになった
何とも荒々しい教育だこと。
大人になった今やっと
歳をとった母は私の元へ帰って来るようになった
3度ほど人生に大きく関わる恋愛をして
そして3度なくして
母が私の元に帰って来る時は決まって
いつも何かを無くした時だ
お金、恋人、生活。
それでも私は嬉しかった。
母が私を選んでくれる事が。
私の元に一番に帰って来てくれる事が。
今でも、やっとお母さんの愛情をもらえる!!
と、待ち望んでいる幼い私がどこかに居る
三十路とやらをこえても尚
心に深く残った傷がジクジクする様に
幼い私が存在している
その私とのやり取りが
未だに上手くできない時があるのだ
あなたを幸せにしてあげたい
なんだけれど、ごめんね。
私はあなただから
そう簡単に方法がわからないのだよ
まだまだ泣かせてしまう事があるかもしれない。
でもいつか絶対に
幸せにしてあげるからね。
不器用だけれど
私は負けないよ。だから待っていてね。