アレッポで出会ったのりみっちゃん、ノブ君と宿で飲んでるうちに、いつしか「ユーフラテス川でキャンプしようぜ!」ということになった。
「イェイイェイキャンプファイヤー!!」
我々は大いに盛り上がった。
ユーフラテスと言えば、メソポタミア文明を生んだチグリス=ユーフラテス川の片割れ。
文明発祥の地で、キャンプファイヤー。
文明発祥の川で、酒盛り。
そこになんの根拠もないけど、とにかく
「行かねばならぬ。そこでキャンプせねばならぬ」
ということになったのだ。
先に出る二人と、ユーフラテスのほとりの町デリゾールで合流しようと固く誓い合ってその夜は別れた。
そしてデリゾール。
夕方4時の約束だが、のりみっちゃん、ノブ君の2人は朝の7時にもうホテルにやってきた。
やる気満々で結構である。
早速ノブ君は川原へ場所探しに、我々3人は買出しにスーク(市場)へと繰り出した。
スークは活気に満ちていた。
田舎町のデリゾールでは、男たちはみな頭に布をたらして歩いている。
女たちは真っ黒なチャドルのほかに、きらびやかな衣装に独特の化粧をほどこしている人もいる。年配の女性では顔に刺青をしている人も多い。
歩いているだけでワクワクしてくるような町だ。
さてさて、のりみっちゃんとノブ君は我々ルンペーラスが及びもしないほど、筋金入りの貧乏パッカー。とにかくおねだり上手、もらい上手で、ちょっとしたものならなんでももらってしまう。
今回もちょっとした野菜くらいは「もらっちゃおう作戦」で行くことにした。
「もらっちゃおう作戦」とは何か? 説明しよう。
こちらでの買い物は基本1キロ単位。そこへ「これ、1個だけ欲しいのだけどいくら?」とたずねると、優しいアラブの人々は「いいよいいよ、もってけ!」となるのである。
この作戦で我々は、ナス、トマト、じゃがいもなどを、1個ずつ、着実に手に入れていった。
守備は上々、すぐにビニール袋がいっぱいになった。
さすがの我々も
「もらってばかりじゃやばい。まとまった買い物をしてお金を払おう」
と反省したほどだ。
しかし、ここで我々は恐るべき事実に直面する。
これまでの1個攻撃を止め、ビニール袋一杯に野菜を詰めても
「ハラース!(おしまい)」
と言ってお金を一切受け取ろうとしないのだ。
無理やり手の中に押し込んでも返してくる。
受け取りそうな子供に渡すと、親父が子供を怒鳴りつけで「ごめんごめん」と返してくる。
これはスークだけにとどまらなかった。たとえば小売店で塩なんかを買っても、お金を受け取ってくれない。
どういうことだ。
私は困惑した。
アラブ人が旅人に親切だとは聞いたことがある。
だけど、親切にもほどがある!
なんだか申し訳ない気持ちになっていると、のりみっちゃんが
「これがアラブの心意気だ! 申し訳ないと思うのも失礼ではないか」
と言うので、そういうものかとありがたくいただくことにした。
しかし、この親切は買い物だけでは終わらなかった。
買い物終えた我々は食堂に入って、シシカバブーとサラダの昼ごはんをとったのだが、なんとこの店でも
「ノー、ハウマッチ!!」
と言って、1ポンドたりともお金を受け取らなかった。
ムスリムにとって「旅人をもてなす」ことは信仰の一部だと聞いたことはある。そういった話は何度も聞く。
しかし、これが町の誰も彼もにこうまで浸透していると、感謝だけではなく、驚きと感動をもたらす。信仰の力を感じるのはこういう時だ。
さて昼過ぎ。
場所取りから帰ってきたノブ君と合流し、ついに我々はユーフラテス川へ向かった。
椰子の木が生い茂り、ゆったりと流れる川は午後の日差しにきらめいていた。
この川のほとり、廃墟になったホテルの敷地の前でテントを張らせてもらえることになった。管理人さんがいるので、ちょっと安心である。
テントの準備もそこそこに、我々はさっそく酒盛りを開始した。
ユーフラテスのほとりで、真昼間から酒盛り。
これ最高である。
「いいねぇ」
「いいねぇ」
みんな、ニタニタ笑いながら酒を飲む。
そうしてるうちに管理人の息子さんが、私とよー子ちゃんの2人に薔薇を摘んできてくれた。
なんて素敵なんだ。
ほどよく酔っ払って、「もー何もかもめんどくさいなぁ」となった頃、我々はようやく重い腰を上げた。
そう、ここで、グデングデンになってる場合じゃないのだ。
火を焚かねばならぬ!
鳥を焼かねばならぬ!
なにせこのために鳥を一匹丸ごと買ってきたのだ。
せっせっせっせと薪を拾い、相当な量を集め終わると、それまで、酔っ払いと化していたノブ君が急に真顔になりだした。
そしてあっという間に、薪に火をつけてしまった。
素晴らしい! さすが貧乏パッカー代表だ。どうして貧乏パッカーだと火をつけるのが上手いのか、そこはわからないが、さすがなのである。
火がつくと一気にテンションが高まる。
それ野菜を焼け!
それ肉をさばけ!
ジンと書かれた全くジンの味のしない酒をぐびりと飲む。
いつしか陽は傾き、ユーフラテスを黄金色に染めていく。
我々の顔は、夕日で赤いのか、酔っ払って赤いのか、もうわからない。
のりみっちゃんが
「俺、幸せでこのまま死んでもいい、と思う瞬間がよくあるけど、今がそうだな」
と言った。
ここから先はもう書くことはない。
お酒の買い足しに行ったよーこちゃんが、酔っ払って転んで、ひざから血を流して帰ってきたことも、
ノブ君が飲んでく端から記憶を失っていって、ついには私たちの名前も自分がどこにいるかも忘れてしまったことも、
火が消えるのを惜しんで、みんなで歌を歌ったことも、
女子テントに現地人の覗きやセクハラ親父化した管理人がやってきて、それを男の子たちが追っ払ってくれたことも、
なんだかもうすでに、遠い思い出となってしまったかのように、懐かしい。
焚き火の夜は、そんな不思議な魔力がある。