あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です。
私の家族をご紹介します。
モモ・・・文化系女子の12歳。
ドラム大好き!
「シッポブラシなら負けにゃいよ~」
ウララ・・・体育会系女子の11歳。
「東京五輪で金メダルまちがいなしだにゃ~」
プルプル・・・癒し系男子の7歳。
「みんなボクが癒してあげるにゃ~」
~Have a nice day~
あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です。
私が生まれて初めて
ジャズバンドのステージを
見たのは、米子に住んでいた
6歳か7歳の頃で した。
当時私の父は米子市の
米軍基地の将校クラブで
バンドのリーダー兼プレイヤー
兼マネージメントの仕事を
していました。
クリスマスの頃、母と私たち三姉妹は
父たちが演奏しているクラブに
招待されました。
そのクラブでの出来事は
今でも私の脳裏に深く
刻まれていて~
思い出すとなんだか
胸が熱くなっ てきます。
クラブのホールの中は
まるで夢の世界のようでした。
天井のミラーボールが
クルクルと回っていて、
光が
ホールの中に散りばめられていて、
なんてきれいなこと!
大きな大きなクリスマスツリー~
私たちが座った席の前の
真っ白いテーブルクロスが
かかった長いテー ブルの上には~
沢山の山のような料理が
並んでいます。
そして私たちの向かいの席には
軍服姿のなんだか怖そうな感じの
アメリカ人のおじちゃんたちが
ズラリ~
そして、そのおじちゃんたちは
時々変な顔をするのです。
私や姉たちを見ては片目を
つぶるのです。
それが何のことかわからない私は
「あのおじちゃん、
目が痛いの?」
と母に聞いたそうです。
この日一番に私の目に焼き付いた
のは~
父たちのバンドのステージでした。
ステージの上には
いろいろな楽器が並んでいて~
それはそれは美しい光景で
見るだけでワクワク!!
ミラーボールの光を浴びて
サックスやトランペットなど
の楽器がキラキラキラキラ輝いて~
本当に綺麗でした。
当然のことながら、
その時に演奏された曲などは
何も覚えてはいませんが~
でも、
なぜかスタンダード曲の
「Dream」を聴くと、
懐かしいような
せつないような・・・
大人になってもずっと
そんな気がしていました。
そして私は2001年に
広島市の隣の廿日市市で
ビッグバンド;はつかいちJAZZオーケストラ・
チェリーブロッサム21を結成しま した。
このバンドのテーマ曲は「Dream」~
チェリーブロッサム21の
ステージの終わりには
いつもこの曲を演奏しています。
~Have a nice day~
あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です。
幼い頃 父からヴァイオリンを
習ったことの次に
思い出され るのは~
父とよくレコードやラジオで
ジャズを聴いた ことです。
特によく覚えているのは、
ラジオのジャズ番組です。
当時「トリス・ジャズゲーム」
といって、司会は トルコ人の
ロイ・ジェームスさん。
出演は当時日本を代表する
カルテットの「ビッグ・フォア」~
テナーサックス;松本英彦
ピアノ;中村八大
ベース;小野 満
ドラムス;ジョージ川口
錚々たる方々が出演する
番組がありました。
このメンバーの登場の仕方が
またかっこ良かった!
ロイ・ジェームスさんが一人づつ
名前を呼びます~
「ドラム!ジョージ・カワグチ!」~
まず
威勢の良いドラムが響き渡ります。
次に 「ベース!オノ・ミツル!」~
ベースの4ビート が唸ります。
次に 「ピアノ!ナーカムラ・ハチダイ!」~
リズミカル なピアノがコロコロと
転がってきます。
次に「テナーサックス!マーツモト・ヒデヒコ!」~
かっこいいジャズのフレーズに
しびれます。
ロイ・ジェームスさんはいつも
「中村」 を 「ナーカムラ」
「松本」を 「マーツモト」と
発音されていたので、
私もよくその真似をして
言っていました。
この番組は毎週あったかどうかは
定かではありませんが~
とにかく父と一緒に楽しみに
聴いていました。
あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です。
父から習うヴァイオリンの
おけいこに
あまり熱が入らなかった私・・・
おけいこの始まる前に
家の外の物陰に隠れては
探しに来た二人の姉たちに
連れ戻され・・・
私が6歳、すぐ上の姉が8歳、
一番上の姉が10歳の頃の
ことでした。
そんな姉たちはというと~
いつも家で「お勉強」だの「宿題」だのと
言っては
机の上に教科書やノートや筆入れや
鉛筆などをまき散ら かしています。
そして母がやって来て
「勉強は?」
「宿題は?」
と娘たち に言いながら
目を光らせ始めると~
二人の姉たちは急に
何やら忙しげに鉛筆削りを
始めるのです
「これも おべんきょうのうち!」と
言いながら!
私はといえば~
まだ姉たちのように
教科書もノートも
筆入れも鉛筆も持ってはいません。
それらが欲しかったのと、
「お勉強」だの
「宿題」だのと
何やら忙しげにして いる
姉たちの真似をしたくて、
姉たちににじり寄っては~
「べんきょうとしゅくだいと、どう違うん?」と
聞いて邪魔をするのが常でした。
行かなければならなかった
のですが・・・
私は幼稚園には行きたくなくて
登園拒否をしていました。
なんだか 一日も早く姉たちと
同じ 「小学校」 という所へ
行きたかっ たのです。
とうとう私は小学校へ
入学するまで
幼稚園には行きませんでした。
そんな私が何かいたずらをしたり、
母の言うことを聞かなかったりした時~
母の私への脅し文句は
いつも決まって
「そんな悪いことをしたら幼稚園に行かせますよ!!!」
この脅し文句は私にはてき面、
とてもよく効きました!
~Have a nice day~
あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です
父からヴァイオリンのレッスンを
受けてたものの・・・
練習曲を弾き始めると、
ちょっとでも音がはずれると
「高い!」
「低い!」
と父の低くて太い声が
6歳の私の頭の上に
ズシン!と落ちて来て
そのたびに1メートルほど
飛び上がっていた私・・・
おかげでヴァイオリンの腕は
上がりませんでしたが、
背丈はぐんぐん伸びていき
ました。
内心は一番上の姉が弾いて
いたピアノを弾きたい!
と思っていたのです。
そんな日々を過ごしていた
ある日~
遂に私は父への反撃に
打って出たのです!!!
レッスンが始まる前に
抜き足差し足、息をも止めて、
そっと家の外に出て~
物陰に隠れることを
企てたのです!!!
ホイ、ホイ、ホイ、
うまくいった!
ここなら大丈夫!
・・・とニンマリしながら
手を叩いていると
あちらの物陰からニンマリ
して手を叩きながら出てきたのは・・・
目ざとく動物的勘の鋭い
二人の私の姉たちでした!
かくして、遭えなく姉たちに
見つかってしまった私は
父のもとへ連れ戻され
再び~
「高い!」
「低い!」
「ビクッ」
の時間が流れます。
そんなこんなで~
今度は姉たちとの格闘の日々が
続いていくのでした。
~Have a nice day~
父&ヴァイオリンとの格闘の日々が
始まりました。
練習曲を弾く前に
まずヴァイオリンの
四本ある弦の一番高い音の
弦から、一本ずつゆっくり
弾いていきます。
「ギーコ、ギーコ、ギーコ、ギーコ」~
次に二番目の弦、次に三番目・・・
その時間の長いことといったら!!!
四番目が終わる頃はへとへと・・・
ようやく 「よし!」 という父の声が
したと喜んだのも束の間、
次は二本の弦を一緒に弾くことに・・・!!!
「ギーコ、ギーコ、ギーコ、ギーコ」~
この 「ギーコ」の時間の長かったの
なんのって!!!
どれくらいの時間だったのか
定かではありません。
10分程度のものだったのかも。
でも子どもの私には
1時間くらいに思えたのかも
しれませんね。
願うはこの「のこぎり時間」が
早くおわることばかり~
~Have a nice day~
あなたとぶらり、音楽散歩~ルミ子です。
私は6歳の頃父からヴァイオリンを
習い始めました。
4歳年上の一番上の姉はピアノを
習っていて、私は心密かに
「私もピアノを弾きたい!」
と思っていました。
でもなぜか父にはそのことが
言えずに~
仕方なくヴァイオリンを習い始め
ました。
末っ子ってそんなものなんですね。
引っ込み思案で
親の言われるまま・・・
「はい、ルミちゃん、右向いて!」
と言われると
「ふ~ん」
とすぐに右を向きます。
「もういいよ」
と言われるまでいつまでも
右を向いたまま・・・
素直といえば素直
主体性がないといえば無い!
そんなこんなで
父&ヴァイオリンとの格闘の日々の
はじまり、はじまり・・・
~Have a nice day~
あなたとぶらり、猫と散歩~ルミ子です
我が家には六匹の猫がいます。
その内の4歳の雄のルンルンと2歳の雌の花子は
我が家に来て昨日で五ヶ月になります。
前の飼い主さんの家で一緒に飼われていましたが、
事情で飼えなくなり、里親探しをされている方から
引き取らせていただきました。
行き先が無ければ動物愛護センターに送られる寸前
でした。
センターでも引き取り手が無ければ殺処分にされます。
今はもう他の猫たちと一緒に自由に家の外に出て遊ん
で帰って来るようになりました!
私はこんな日がやって来るのを待ちわびていました。
2匹はとても仲良しです。
どちらも成猫なので、環境に慣れさすのに細心の(の積り!)
注意と時間をかけました。
今はもう毎日自由に外に出て遊び、勢いよく帰って
来ます。
本当に嬉しいことです!
~一番左からプルプル、ルンルン、花子~