阪神・淡路大震災の発生から27年目の祈りの日を迎えました。


発生時、私は中学2年生の3学期が始まったばかりでした。

2時間目からの登校でした。

断続的に震度1~3くらいの余震が続いていて、

国語の授業の時に先生になんで机の下に入らへんねんと怒られました。

先生も入ってへんやん!とツッこまれてました(笑)

熊のような体型の先生だったから入るのは至難の技だったでしょうね。

理科の先生は地震発生時はトイレに座っていたらしく

トイレの蓋にお尻の肉が挟まって痛かったと言っていました。


私はというと、地震酔いを起こして理科の授業が終わってから早退しました。

父方の大おじ夫婦が垂水区に住んでいた為、

気が気ではなかったです。

公衆電話から電話をかけると繋がり、無事が確認出来た時はホッとしました。

大おじは車に乗ってたから地震なんて知らんと言っていたのにはビックリでした🙄


夏休みはよく神戸に旅行に行っていたので

テレビで映っている変わり果てた街に愕然としました。


あれから27年。

阪神・淡路大震災の犠牲となられた方のご遺族の心痛はどれほど癒されたのだろうと思います。

奇しくも阪神・淡路大震災の犠牲とのなられた方々に衷心より哀悼の意を表します。