ふとそんなことを思ったので。

 

改めて、確かにその通りだなと。

様々な努力がその通りに実現していたとしたら、、、今の自分はいない。

今の自分にこだわりがあるわけではなく、単にそうだということ。

また、様々な人の様々な努力がその意図した通りに実現していたとしたら、自分も世界もアップダウンが激しそう。

 

それに、努力が報われなければならないというのは、努力しなければ報われないということであり、努力しないのは悪であるということにもなる。

そんなこと、やってられん。

 

努力するかどうかは自分が決めることでもあるけれど、そこに他人の価値観を入れるとおかしな事になる。

それが自分の価値観であったとしても、努力は報われなければならないと思っていたら、努力せずに得られたものを素直に受け取ることが出来なくなる。

すごくしんどい生き方。

 

努力は報われなくていいという事の言い方を変えると、結果にこだわらないということでもある。

プロセスを楽しむと言ってもいい。

 

上手く行くときは上手くいくし、そうでないときはそれなり。

それが当たり前。

でも、そこに法則がありそうな気もする。

法則をどうこう言い始めるとプロセスをただの手段にしてしまう可能性もあるが。

それはつまり、結果にこだわっているということ。

 

結果にこだわらなければ、予想外の展開も素直に受け取れるだろう。

今の自分の想像力の限界をはるかに超えることでも。

 

 

でも、努力が報われるのも嬉しいので、努力が報われなくても報われてもいい、ということで。