前の記事で書いた事の他に体験していた事を思い出しました。

 

それは、ドラッグストアに立ち寄った場面。

 

ふと、ロールケーキをカットして袋詰めしてある菓子パンが気になったのでそれを選んでいました。

棚と平積みしてある方の2箇所がありましたが、何故か平積みしている方が気になりそちらで選んでいると、どれも同じなのにこれではないという感覚があり、普段はそこまでこだわらないのですがいくつも手にとっては見比べていました。

 

すると、一つの袋が光っている感じがしたので手にとってみました。

そこで、これを探していたんだと何故か納得し、でも何故これだと思ったのだろうとよく見てみると、ロールの巻き方向が他のものとは違ってその1つだけが逆になっていました。

しかもそれは、他のロールケーキの袋の下から出てきたので、探し始めた時点では見えない所にあったものでした。

 

そこで、ここでこれを買って帰るということなのかと思いましたが、ちょっと違和感を感じたのでそれとは別の普通の巻き方向のものを買って帰りました。

見つけたことでその目的は達成されたという感じがしたことと、それに付随して何かの力を求めたら変なものが付いて来そうな気もしたので。

 

その後、会計を済ませて車に向かっていた所、エンジンの方からの異音の原因についてふと思いついたという所でした。

共通していたのは、それぞれ上にあったものを動かして見える状態にする必要があったという所。

 

その他、インスピレーションが示す事象と思考による余計な意味付けを見分ける必要があるということも感じました。

バッテリーでショートさせて火花を散らしてしまった時も、その前にちょっとした違和感を感じつつ思考で抑え込んでいたという感じがしていました。

その後に立て続けに起こった事象はそれを再確認させるためのレッスンであり、意識をクリアにすることがインスピレーションを正しく受け取ることが出来るという事だったようで、やっぱり調整が行われていたという感じです。

 

物事が起こったその瞬間には「見えなかった」事でも、その先触れを五感で感じ取っている。

(昨日また読んだ『究極の旅』(ロバート・A・モンローさん)の中でも「完全な記憶」について書かれていたので、五感は普段意識する以上のことを捉えているけれど、脳がそれを限定していたという感じ)

あるいは、ロールケーキの菓子パンの時の様に五感を超えた感覚で感じ取っている。

そうした学びのための数々の事象という感じでした。

 

もっとも、今日みたいな綱渡りは出来るだけやりたくないので、メッセージ(インスピレーション)の感覚を憶えておくようにしようと思った今日この頃。

 

 

(追記)

この後外出して、店に寄ったあと駐車場から出ようとしていた時に、ふと「飛び出してくる車とかは意識の死角からやってくるよな」と思い浮かんだ時、まさにこちらの方は一切見ていない感じで横から車が飛び出してきました。

私の方はなんとなくそうなることが判っていた気がしたのとある程度距離があったのでさほど驚きませんでしたが、つまりこれは、意識の「死角」が生じたことを感じればその対策になるかもしれないと思ったので記録。

似たような事を以前も経験した事がある(最初の思い浮かんだ言葉の通り)という事も思い出したので、本日のレッスンはまだ終わっていなかったという所でした。

現在仕事をしていない分、外出した時に集中的に経験させられているような気も。

まあそれは、自分と自分の本質が選んでいることなんでしょうけどね。

よほど選択を間違わない限り大事に至らないように調整もされている感じもします。

2年ほど前にその選択を大きく誤って自業自得な状況になった経験があるので、これもガイドさん達の導きなのでしょう。