皆様、残暑お見舞い申し上げます。
いかがお過ごしですか?

昨日は小学校の同窓会に行ってきました。
カナリ出席率が高くてビックリでした(ノ゚O゚)ノ
って、私が出席することの方が同級生にとってはビックリでしょうが(笑)
何つっても、小6の最後の方、中学1年3学期~私は不登校でしたから。
今では当たり前のような不登校も当時は珍しいことだったと思います。
強制的なことが大嫌いな私は鼓笛隊か合唱がどっちかに必ず入れと言われ、やりたくないけど仕方なく鼓笛隊に入りましたが、夏休みのくそあちぃ中、片道2キロ以上も歩くのが嫌で練習に行かなくなり、2学期に入っても練習に出ることなく、本番にでることも拒否したのをきっかけにいじめが始まりました。
今、考えればいじめられて当然ですがね(笑)小学校でのいじめは。
中学校での不登校の原因はパニック障害です。そのせいか、いじめもありました。

でも、そのおかげで5、6歳下の子たちと同級生になれて、尊敬する仲良しの先生たちと出逢えて感謝してます。年下の同級生の方が理解があるし居心地が良い!


じゃあ、何で同窓会に行ったのか…先生達に会いたかったからです。そして、会ってほんの少しだけど話せて、私の先生達に対するわだかまりは浄化されたように思います☆そして、名刺渡しときました。宣伝です♪

が、何だか今ちょっと傷付いてます。その理由はやはり彼女のことですな。まだ心からは許せてなかったみたいだ。私、かわいそがられるのは嫌いです(>_<)
心配してくれるのと、かわいそがられるのとの違いを察知できる私…この力を和らげたいです。でも活かしたい。

が、先生達に対するネガティブな感情が浄化されただけで良かった。
とりあえず、1つ1つ壁をクリアしていこう。
涙がこぼれます。

SMAPのがんばります!での阪神大震災経験者の特集を見たからでしょうか…

それ以外にも時々、こんなことがあります。こんな時は薬を飲んでもなかなか落ち着きません。


母方のばあちゃんが亡くなりました。亡くなったのはもう1ヶ月以上前だと。
でも、亡くなったのを知ったのは1週間程前の事でした。

母と姉妹弟の仲が悪く、亡くなったという知らせもなく、近所付き合いを密にしていた、ばあちゃんだったのにお葬式もなく…多分、戒名もなく…(>_<)
ばあちゃんは成仏できているのか心配です。

私にできること…拝むこと。それと、お金貯めて戒名付けてあげること!

何でこんなことになってるのか分からんけど、ばあちゃんが悪い訳じゃないけんな!ばあちゃんに伝わりますように!



そして、東日本大震災ではまだまだ被災者の方々は不便な生活を余儀なくされています。

でも、気の緩みが早くも私の中であるのを感じています。普段の生活を送ることを申し訳なく感じる自分…被災地に行って何かしたい自分…イロイロな自分が同居しています。

私は今、パワーストーンアクセサリー(ほぼブレスレット)を作成する毎日です。
やはり、ただ単に販売するだけではなく、売上の一部を寄付させていただこうと考えています。

お店を始めたばかりなので、まだギリギリなんですが、それでも何かしたいという気持ちが強いです。

心身と相談しながらでないと何もできない自分を不甲斐なくも感じます。
ですが、できることはしたい!できる限りしたい!

9日ぶりに80歳のおばあちゃまと16歳のお孫さんが救出されたビックリマーク


奇跡のような必然。


このお2人が何故生きていられたのか・・・


お家の2階にキッチンがあり、食事中に地震が起きたこと、


お孫さんがかろうじて動けて、冷蔵庫の中の飲み物食べ物を飲み食べることができていたこと、


そして、何よりひとりではなかったことが1番だと思います。


ひとりぼっちだったら、生きることをあきらめていたかもしれない。


普段の生活で9日というと短く感じるかもしれないけれど、


寒さや痛み、恐怖や飢えという普段感じないものを感じながらの9日間というのは


とてつもなく長い時間だったと思う。


私は被災者じゃないけれど、この9日間がとても長く感じます。




ここは岡山県南部。


被災地から遠く離れています。


計画停電もありません。


それでも、お店によっては乾電池が売り切れていたり、


ミネラルウォーターが売り切れていたり、


カップ麺を大量に買っていく人がいたり、


いつもの光景とは違います。


それだけ、防災意識が高くなっているのは分かりますが、


買いだめはしないようにという注意喚起がされているのにも関わらず、


それでも買ってしまう・・・


その買いだめされた分が被災地に届けられるなら喜ばしいことだと思います。


ですが、いつ来るか分からない地震に備えてだったら、もっと日頃から防災意識を常に・・・と。


我が家は、


1993年の冷夏による米不足、1994年の渇水による水不足、


1995年の阪神淡路大震災という立て続けに起きた異常気象や自然災害により、


我が家は備えというのはしている方だと思う。


雨が降ったら、バケツに水を溜めるとか、お風呂の湯は抜かずに置いて、洗濯時に使用。


もし、水道が止まったら、トイレの水として使用できます。


日頃から非常時用のミネラルウォーターを常備しておく、


食料品(缶詰等)を買っておく、


乾電池は安い時に買っておくと、いざという時に役立ちます。



で、私のカバンは重いです。いつも何そんなに持っとん?


って聞かれますが、勿論「もしも」の時の為です。


パニックがあるので、その薬。それを飲む時の白湯の入った水筒。


絆創膏、傷口にも使える手作りのティートゥリーとラベンダーとワセリンを合わせた練り香水。


スプレー、糸きりばさみ等・・・いつも旅行カバンのように大きなカバンです。


これだけ持ってないと私は落ち着かないんです(病気ですね汗


でも、本当にいざという時には役立つものばかりです。



そして、物資も届かないような状況になると、


食べられる野草を知っているのといないのとでは大きく違ってくると思うので、


本を買ってでも調べてみてください。


よもぎやオオバコ、タンポポは食べられますよね。


毒がある草もあるので、見極めが必要です。



あと震災前、我が家はソーラー晴れライトひらめき電球を買いました。


雨の日はダメですが、晴れた日は夜カナリ明るいです。


単に電気代節約の為に買ったのですが、こういう非常時にも役立つと思いますひらめき電球



いざという時に慌てないようにいつも「もしも・万が一」の時のことも想定して、


備えあれば憂いなしで生活していきましょう。


もなかなか、湧いてはきませんが・・・


でも、でも!!!


何とかこの難局を乗り切りましょう!!!


被災された方は今も尚続く余震に怯えながら、行方不明者の安否を気遣いながら、


犠牲になられた方への悲しみ、悔しさをこらえながら、必死に生きておられます。




私の住む地は全く揺れなかったので、実感としては薄い。


ですが、TVを観るたびに胸を痛めます。


そして、決して対岸の火事ではないなと痛感しています。


日頃から何ができるのか・・・


私は、パニックを持っているので、白湯の入った水筒と薬は必ず持っています。


それに加え、チョコレートや飴は持っておかなきゃならないと思いました。


そして、小さな懐中電灯やラジオ、ワンセグTV、その為の発電機。


挙げればキリがないですが、最低限のものは。



少しでも、できること探して・・・


いきましょう!





またもや放置。。。


ま、ただのぼやきblogです。


最近、色々ありまして・・・


疲れや怒りを感じております汗


自分で蒔いた種は自分で刈り取らなければ・・・


むやみやたらに人のせいにしたり、


霊のせいにしたり、先祖の因縁のせいにしたりしたくはありません。


本当に祓うことができる人は、他人の家の仏壇を悪く言ったりはしません。


先祖は敬うべき存在であり、例え生きている時に何があったとしても、


その方がいなければ自分は存在し得ない。



そして、古代から使われている「パワーストーン」はその石自体に力がある訳で、


決してその石に人が力を入れることはできないと思う。


入るとしたら「念」


できるのは、疲れた石の浄化。それ以上のことは私にはできないと思う。



最近、本物とはとても思えないスピ系の人が多くなってきているように思う。


自分にできるのは、自分を信じること。そして、自分を守ってくれている存在を信じること。


そして、しっかりと見極めることだと思うキラキラ