そうでした。載せる頃には日付変わりそうですが、


明日はまた別のパート面接なので(先週のはダメでした)月曜日な今日カラオケ行ってきました。


最初のほうは追悼・中里融司先生って気持ちが強くて宇宙を連想させるタイアップ曲とか多く入れてましたね。


ノーザンクロスがなんだか無性に力入りました。



ピカデリー・サーカス(キー:-1)/松任谷由実

Kremlin Dusk/Utada

ノーザンクロス/シェリル・ノーム(May'n)

花葬/L'Arc-en-Ciel

Space Sonic/ELLEGARDEN

SEWN/THE FEELING

月のしずく/RUI(柴咲コウ)

かたちあるもの/柴咲コウ

Deep River/宇多田ヒカル

暁の車/Fiction Junction YUUKA

ぼくらの時間/eufonius

LEGEND(main)/中島美嘉

Butterfly/木村カエラ

タッチ/ユンナver

DESPERADO/平井堅ver

rize/Origa

Makes Me Wonder/Maroon5

さよならbyebye/馬場松子

ピカデリー・サーカス(原曲)/松任谷由実

NIGHT FLIGHT/Perfume

蹴っ飛ばせ!/宇多田ヒカル



明日の面接先は本屋とCD屋と文具屋の合体店みたいなお店です。


やっぱり本や出版に関する物事に関わりたい気持ちが強くなってきました。なんとか行ってきます。


よくよく気付いたら自分の両親と中里先生が同い年だったみたいで、


いろんな意味で自分にとって大きい存在の人が亡くなったんだってひしひし感じてきました・・・


ぽっかり感は消えないんですが、いつの日かのように毎日ぼろぼろとは泣かずにはいられそうです。


とにかく、泣く前に書こう。うん。

今日は9チャンと7チャンを一時間ずつ。


歴史の闇に葬られようとしていたことを追い続け報道すること。


それは危険を孕んでいるのではとも考えてしまうけど、


放送されてよかったとも思わずにはいられなかったり。




今日は早めに起きて、たぶん初めて長崎の平和式典の放送を見ていました。


遠い東北からですが、11時2分に合図と共に黙祷もさせていただきました。


次の夏を、また平和に迎えられますよう。

この時期になるといつも思い出すけれど、


たぶん小学校の頃に、母の実家のある町の公民館でたぶん戦争の展示を見たことがあります。


母に連れられて二人で見に行って、何歳の何月のことであったのかもよく覚えていません。


母に連れられ妹二人と必ず毎年お盆は母方の実家に帰省していて、


お盆中は妹二人を連れないで二人で出歩くということはまず無い気がしているので、


お盆以外の掃除の時などに帰省して展示があるから行ってみようということで行ったのだと思ってます。


そこで何を見たのかは本当に全然覚えてないんですが、


ただ一つ覚えているのが所々焼けて欠けた帽子と学生服のようなものです。


歴史の教科書などで後に見た写真や映像と同じようなものを自分の目で見ていたという記憶を、


ふっと思い出す瞬間があります。


その時間に感じた不思議な匂いと空気雰囲気、手を伸ばせば届きそうな位置にある展示、


帽子を被せたマネキンの顔は「包帯でぐるぐる巻きにされたのっぺらぼう」というふうに何故か記憶していて、


少しの間向かい合ってじっと立ち止まっていたような気がしています。


十年以上経った今でも思い出すということはその時何か思う所があったからだろうとは思うのですが、


その時何を思い感じていたのかは思い出すことが出来ません。


とにかくそんな記憶だけです。


いつもその時の自分に、その時何を見て感じていたのか聞いてみたくなります。


久々に思い出したので、次はいつ思い出すことができるかなと思い慌てて追記で書きました。


今の自分を作る上で何かしら影響している記憶のような気もしています。


その時何を見ていたのかよくピンと来なかったものを、


何年も時間が経った後に何であるかを知ったとき、


もう一度その瞬間に戻りたいと思っても戻れないということを知った最初のことでもありますね。


あれからその場所で展示をしていたのかもしれませんが、今のところ直に目で見たのはその一回限りです。


あの帽子と学生服が今はどこに行ってしまったのか、思い出すと無性に気になります。


ちなみに私は生まれも育ちも東北の青森です。

昨晩から日付をまたいで夜間はNHKでした。


昨日は個人的に去年観た映画の中で(注:去年は約一年間週に1回以上映画観てました)3本の指に入るくらいガツンときた「クライマーズ・ハイ」放送日だったので、バレーを見ながら必死に終了時間→録画準備に向けてスタンバイ。


・・・嘘です全力で熱狂応援してましたマジで日本勝って嬉しかったです(おいおい


その後のオトメンと一緒に録画のスタンバイをして、22時・23時半からのドキュメンタリー番組を見てました。


年々見て聞いて感じ取ったことをずっしり感じるようになってきたのと、個人的に録画して何回も見られない気がしているので、基本的にドキュメンタリーはしません。


深夜にガツンと出会ったドキュメンタリーをちまちま見てきたこともあり、その瞬間瞬間に知ることとしています。


感想とかはとてもじゃないけど書けません。


見たとだけ書いておきます。


何らかの形でいつか、いろいろ感じたこととかを言葉に出来たらいいのにといつも思うけれど、


もっといろいろ吸収しなければとも思います。

19時半からずっとNHKを見ていた。


年々この時期にドキュメンタリー番組を見ようと思う回数が増えている。


お盆で母方の実家に帰省すると、なんというか一番の仕事が母や伯母に代わって祖父の話をひたすら聞くことになるため、今から準備というか、心構えをしているみたいだ。


ここ数年痴呆の症状が出てきた祖父は子供にも孫にも関係なく敬語で戦争の頃の記憶を語る。


母も伯父も伯母も聞き手になるのがちょっと億劫になってきているらしく、巧妙にお盆の準備や家事に取り組み、


妹たちは正直ピンと来ないというか、その前に家族以外に人見知りがちなところがあるためどちらか一人だけを祖父と二人でいさせても・・・たぶん三人でいさせても長く座っていられない、


少しの間うんうんと相槌を打ちながら話を聞く役なのは自分かなと思っているところもある。


昔からいろんな情報を吸収するのが好きで、趣味で書き物をしているのもあるけど、


そういうのを抜きにして記憶を一つでも受け継ぎたいのかもしれない。


正直次の年まで聞いた話をまるまる覚えているわけじゃないけど、


だからこそまた耳を傾けようと思うのかもしれない。


母が言うところだいたい同じ内容を話しているらしいので、みんな子供の世代は「散々聞いた」らしい。


自分から「散々聞きに行ける」姿勢でいるのは孫の世代の私以外いないんじゃないかとも考えてみる。


敬語で話すその先に孫の私の姿があるのかたまに謎に思うけれど、


もしかしたら記憶の先の“誰か”の代わりにうんうんと相槌を打てるなら、


それもそれでいい気がする。