新年明けましておめでとうございます🙏🙌✨


と、言うと4月にもなっていったい何を言ってるのだと思われるかもしれないが、今日ネパールでは新年を迎えた。

ビグラム暦2075年の幕開けだ。


となると、昨晩はネパールでは大晦日にあたり、普段夜の10時を過ぎるとすっかり人通りも寂しくなる僕の宿泊しているゲストハウスの前の通りも、昨日の夜だけは日中の賑わいを遥かに凌ぐネパール人の若者でごった返していた。
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僕のいるタメル地区と言うのは、主に外国人観光客とそれを相手に商売している人で形成されている少し特殊な地区だ。もちろん少し歩けばネパール人が普通に生活しているし、タメルで生活してるネパール人もいる訳だけど、タメル地区と言うのは、例えばバンコクのカオサンロードだったりインドのゴアだったりインドネシアのクタだったり、少し異世界の様な匂いがする地区なのだ。


そんな所に、普段いったいどこに隠れていたのかとびっくりするくらいの若者が溢れている。


そしてなんとも微笑ましかったのが、各々が恐らくは一張羅と思える服でめかしこみ、女の子はメイクばっちりで普段履かないヒールまで履いている事だった。中にはドレスの様な服を着ている子もいた。それだけ今日は特別な日なのだ。


未だに道路の舗装がされていないデコボコ道のタメルを慣れないヒールで仲間達と闊歩し、中には道端で座り込み仲間同士で時間をつぶしたり、大声をだしてはしゃいでいる連中の姿はなんだかとてもかわいらしい。


中には手を繋いだり腰に手を回しあって歩くカップルまでいたのには驚いた。


余りの人の多さに戸惑う外国人観光客を余所目に彼らは皆一様に笑顔である。

ちなみにこの時僕はおしゃれを決め込んだネパーリーの若者が何だか可笑しくて終始ニヤニヤしていた。

気色の悪い日本人に見えていたに違いない。



とにかくこの場にいるほとんど全てのネパール人が漏れなく浮かれていたのだ。


レストランは軒並み大晦日仕様の営業体制を敷き、パーティーと称してエントランスで500ルピーを請求し、頼んでもないカクテルをサービスで提供していた。


何故そんな事を知っているかと言うと、知り合いのネパール人がメッセージで「今日は大晦日だから街に出た方がいい。」と言うので、オススメを聞き、行き着いた一軒のバーに突撃したからだった。

エントランスで入場料を請求された時、貧乏旅行中のクセに石を買いすぎて旅の資金の底が薄っすらと見え始めた僕は一瞬入るか否か迷ったが、せっかく異国の大晦日だ。ネパーリーがどんな風に浮かれているか一丁見てやろうと考えて支払う決心をした。

ところが考えが甘かった。月収が100ドル程のネパーリーに500ルピー(約500円)とはなかなか残酷な値段で、中にいるのは西洋人と綺麗な身なりをした金を持っていそうなネパーリーで、仲間となんとなく酒を飲んだり生演奏の奏でる音に合わせて体を揺らしたりしてる程度であった。

バンドの演奏は多少荒削りではあったけど演奏そのものは悪くなく、一瞬ネパールでもこんな音を出す人達がいるのか!と面を食らった程だった。

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頼んでもないのに出されたこの日のスペシャルカクテルをチビチビやるも、飲酒はこの旅初な上に元々酒の飲めない僕はすぐに顔が熱くなったのがわかった。

気分はいいが、どうもこの空間は場違いな気がすると思い、バンドの演奏が一段楽したところで店を後にした。


再び外に出ると街の賑わいは更にヒートアップしていた。


街には普段この時間にはいない物売りや食べ物を売る人達もたくさんいたし、サンドイッチ屋なんかは人集りが出来るほどの盛況ぶりで、カウンターの中で働くスタッフの表情は一切の余裕も感じられないといった感じで、ひたすら黙々と作業をこなしていた。

浮かれた民衆が暴徒化しないように至る所に警官が配備され、とにかくごちゃごちゃしていた。


僕は元々人混みが苦手なので、頭の中に浮かんでいたのは『即刻帰宅』の文字である。


あと30分ほどで新年を迎え、盛り上がりはその瞬間まで加速する一方だろう。


フィリピンではまるで爆撃の様な新年の迎え方をする。ビルの上から見ていると、視界に入る1番遠いところから、ついには自分のいるビルの屋上からも、とにかく至る所で打ち上げ花火を上げまくるのだ。まるで僕のいたセブ島全部と遠くに浮かんで見える島々までもが徹底的に爆撃されている様なとんでもない光景が目の前に繰り広げられるのだ。そんな状態が年越し前から始まり、年越しをピークにして1時間は続く。そして中にはその花火が原因の火災で新年早々全てを失う人もいるという。

それはあまりに日本の新年の迎え方と違いすぎてかなり強い衝撃を受けた記憶があるので、その国が新年を迎える瞬間どのようになるのか興味が無いわけではないが、その場の人々が発するエネルギーの渦は鬱陶しい類のものだったので、僕は人の流れに逆らって宿に戻り、気づいたら朝の4時まで絵を描いていたよって言う話。



ネパールでは明らかに日本と時間の感覚が違っている。

それは僕が気楽な一旅行者だと言う事も大きな一因だと思うが、それを抜きにしてもネパールの時間の流れは明らかにゆっくりと流れている。


今僕の泊まっているゲストハウスの屋上テラスから去年までは山が見えた。

ところが今年来てみるとその山が見えなくなっていた。


当然、山がなくなった訳ではない。


宿から100m程山に向かった所に作りかけのそこそこ大きな建物がある。

その建物は1階部分は既に完成していて、僕が始めてネパールに来た4年前から営業していたが、その2〜4階部分は未だにコンクリート剥き出しでガラスすらはめられておらず、僕は資金調達が難しくなり、途中で放棄したものだと思い込んでいた。

その建物の5階部分ができていたのだ。

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1年でワンフロアーずつ伸びていくのだろうか。


この建物が一体何回建になるかはわからない。

でも2〜3年後に訪れても恐らくまだ完成していないだろう。


そういう国なのだ。


あまりこういう旅を長く続けると、そういう時間の流れが身に染み込んでしまい日本に帰った時にギャップにやられてしまう。日本が窮屈でまるで縛られて足枷をはめられた様な錯覚に陥り、居心地悪く感じてしまい心を病んでしまう。


実際に僕はそういう友達も知っている。


そして日本で金を稼ぎ、稼いだ金を握りしめてまた日本より物価の安い国を目指して飛び出すのだ。


そんな事を続けてるうちにあっという間に時は経ち、思考の東南アジア、南アジア化はますます進み、完全に日本社会に馴染めない人間が出来ていくという事は容易に想像できる。


でも一度旅の醍醐味を味わってしまうと病みつきになるのもまた事実で、タメルのその辺の古本屋にブラリと立ち寄り、数少ない日本の古本の中から旅行記を見つけ出し、持参していたが読み終えた本をつけるから何とか値段を下げてくれと交渉して手に入れたその本を読みながら、次は中国に行こうか、ラオスもいいし、ついでにミャンマーにも行ってみたいな。などと期待に胸を膨らませるのである。




ネパールでは今日は元旦に当たるはずなのに昨日の夜が夢だったかの様に街は至って普通の1日が流れている。

少なくとも旅行者の僕の目からはそう映る。