3年ほど前に東京から沖縄まで自転車で行った事がある。
相方に、ネタがないならチャリ旅の話でも小出しにして書いたらえーやん!と、提案され、なるほど!それなら当分ネタに困らんでいいなと思い、ちょいとその事を書いていこうかなと。
話は初めての東南アジア一人旅から帰って来た所からスタート。
タイのチェンマイで出会い、後にパーイで再開した日本人のヨガマスターに宗教観や哲学的な事を色々質問していたら、
「そう言うことに興味があるのなら、是非ヴィパッサナー瞑想をやってみるといい。日本でも京都と千葉でやっているよ。」と、面白いアドバイスを貰った。
旅先で出会った人から、今まで自分の知らないディープな世界を教えてもらう事は、旅の醍醐味の1つじゃないだろうか。
帰国後、早速京都でヴィパッサナー瞑想を受ける手筈を整えた。
ヴィパッサナー瞑想とは数ある瞑想法の1つで、ブッダが悟りを開いた時に用いていた瞑想法だという。
僕は捻くれているのか、歴史とは強者の都合で書き換えられるものだと思っているので、よっぽど検証された史実以外は適当に聞き流すことにしている。
なので、ブッダが実際にその瞑想法で悟りを開いた、その事が事実かどうかは確かめようもないので、へーそーなんだー程度に留めておく。
実は悟りを開いた時、ブッダはマリファナを吸っていた。という荒唐無稽にも思える話を聞いた事があるが、それと同じレベルで眉唾ものである。
それはさておき、僕は瞑想というものは無になるのが目的かと思っていた。が、この瞑想法は観察する事が肝である。
とにかく京都で10日間のコース、かなりハードな体験だった。
参加中は他の参加者と一切会話はできないどころか、目も合わせてはいけないし、ボディーコンタクトや筆談もダメ。
当然携帯は没収される。
外界とは一切連絡は取れない。
食事は3回あるけど、当然肉や魚は出て来ない。
10日間、朝の4時頃から1時間か1時間半をワンセットにして、約10時間ひたすら瞑想するという修行でした。
結論から言うと、たったの10日間では当然悟りを開ける訳はなく、瞑想とはこう言うものですよ、これをきっかけに是非1日2時間瞑想続けてみてね!と言う場所だった。
面白い経験だったし、そこで新たな出会いもあったので、悟りを開くことはおろか、瞑想の本質に触れる事もできなかったけど、やりきった満足感や充足感を味わう事はできた。
今回は瞑想の話は本題ではないのでこの辺にして、とにかくこの瞑想会に参加するべく横浜から京都まで移動しなければならかった訳。
そして移動方法についていくつか考えた。
ただ単に新幹線や夜行バスで行くのでは芸がなさ過ぎる。全く面白くもなんともない。金さえ払えば子供でも出来る。
何か他に行き方は無いかなと思って考えたのが、
ヒッチハイク、海からヨット、歩く、走る、そして自転車だった。
最初はヒッチハイクを考えてたけど、結局これも簡単(車を捕まえるのは慣れるまでは大変だろうけど)に思えてきて、歩くには時間がない、走るのはしんどい、海からヨットはあり得ない。と言う事で自転車で行く事にした。
確かドンキーホーテで4万前後だったかな。
出発前にどっかで友達と飲んでた時に、今度自転車で京都まで行く話をした。
そしたらあろうことか女友達が、「わー凄い!私の友達も前に沖縄まで自転車で行ったんだよ〜」と。
彼女からしてみれば会話の流れで何気なく放った言葉だったろう。
しかし僕からしてみたら、沖縄まで自転車で行ったと聞かされてからの京都行きはとてもしょぼい気がしてしまった。
だったら自分も沖縄まで行ってやろうじゃないか!と、謎の闘志に火がついたのだ。
これがきっかけ。
今回はここまで。
つづく。


