ゲシュタルト崩壊というのがあって、名前の響きだけ見るといったいどんな崩壊っぷりを見せてくれるのだろうと、何だか胸がワクワクする格好良さがある。
ゲシュタルト崩壊とは本当に簡単に言うと、例えばひたすら平仮名の「あ」を書き続けると、ある時、あれ?「あ」ってこれであってたっけ?と、普段は考えもせずに書ける「あ」に対して全く自信がなくなり、「あ」という字が認識できなくなる瞬間が訪れる。これをゲシュタルト崩壊という。
念の為にwikiったら全く同じことが書いていてゲシュタルトしそうだぜ
これを延々繰り返していると、自我が崩壊して発狂するというらしい。
実際に試して精神崩壊しても困るし、実際やった人に会ったことないし、ネットで軽く試したとか危ない所の手前まで行ったという記事をみるが、そんなもの本当かどうかわからないので論外。
ものすごく気になる。
人が崩壊してるところを観察したい気持ちもあるけど、実際自分が崩壊してみたい気もする。
自分が誰なのか鏡の中の自分が問うてくるのだ。
いったい心の中でどんな変化が起こるのだろう。
ところでインドのラマナ・マハルシ という近代インド最大の覚者がいるが、この人の著書に「私は誰か?」という対話集がある。
同じアイデンティティの追求なのに、なぜこんなにもポジティブとネガティブに別れるのか不思議で仕方がない。
片や覚醒、片や崩壊。
この差は一体なんなのか。
「おまえは誰だ」と「私は誰か」
自分に対しておまえと言うのがミソなんか、鏡の前で「私は誰か?」問うても精神は崩壊するのか。
誰か試してくれないかな〜
人間て変なのーという話。
そんな事よりも今日は天皇陛下の84回目の誕生日じゃないか!!

