YouTubeでは現在2ペナのわたくし、著作権の亡霊に戦々恐々の日々ですが・・・
著作権といえば、もともと著作権で保護されないものが幾つかあります。

一つは本や映画や楽曲のタイトル(法的には「題号」といいます)。基本、タイトルは著作権に引っかかりません。
例えば、1960年代のハードSFの短編に『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハーラン・エリスン)という傑作があったんですが、このタイトルがどのようにパクられたかは皆さんご存じのとおり。

 

 

パクったタイトルのインパクトが本の売れ行きにどれだけ影響を与えたとしても、著作権には何ら抵触しないということなんですね・・・。
って、この手の話をしているとエントリ一つ分潰してしまうのでやめときますが、聖子ちゃんでいうと「青い珊瑚礁」「風立ちぬ」「一千一秒物語」「秘密の花園」などがタイトルのパクリということになりますね。でもぜんぜん問題ありません。

 

 

 

もう一つは楽曲のコード進行。これも著作権に引っかかりません。
和声に伴うアレンジ上の技法なども著作権にからめるのは難しいでしょう。
先般お話した「カノン進行」などは流用した曲が山ほどありますから、コードが著作権に引っかかったらもう大変なことになりますね・・・って300年前に著作権があったとしてもとっくに期限切れかぁ?

特にジャズではコードのパクリは至極当然のことで、既成曲のコードで曲を書いたりアドリブを展開するのがむしろ常套、コードのパクリはジャズ文化の基本です。

ということで、今日は大村雅朗さんが書いた「Sweet Memories」(以下、スイメモと略します)のコード(のパクリ)の話をします。
この曲はよく「ジャズ的」な曲と評されますが、実のところ何をもってジャズ的なのか説明した文章を見たことがありません。ま、ジャジーな雰囲気っていうやつでしょうけど・・・
で、実はどこがジャズ的かを説明する必要もなくて、スイメモはあるジャズの有名曲とほぼ同じコード進行でできています(Aメロ)。

 

▼Misty / Erroll Garner(1954)

 

エロール・ガーナーが書いた「Misty」というジャズ・バラードです。
ガーナーは左利きのせいもあって、左手はガンガン弾いて右手は遅れて出てくる「ビハインド・ザ・ビート」の代名詞みたいな人で、かなり(昔のジャズで言う)ファンキーなピアニストでしたが、こういう美しいバラードも書いていたんですよね。

後に歌詞もつけられて、ジャズ畑の曲としては空前のヒットとなりました。

▼Misty / Johnny Mathis(1959)

 

スイメモのコードが「Misty」だという話は数十年前に聞いたことがあったんですが、検証したことはありませんでした。でも、コード表を挙げて、ここをツー・ファイブにすると・・・代理コードを使うと・・・てなことをやってるとまた顰蹙を買うのでやめておきます。耳で聴いてわかるように合成動画を作りました。

ガーナーは上記のように独特のタッチなので合わせるのは困難。比較的テンポが一定のビージー・アデールさんのピアノに聖子ちゃんの声を乗せてみました。

(できればヘッドフォンで聴いてください)

 

▼Misty~SWEET MEMOEIES 検証動画

 

Bメロの手前からコードを変えていますのでその辺までです。
メロディの置き方がまったく違うので、コードチェンジのタイミングが若干違いますし、スイメモはいわゆるハチロク系、4ビートのMistyには嵌るはずはないんですが、それでもけっこう違和感なく嵌ったでしょう?
キーもE♭で同じ。コード進行的には「似ている」というよりは「同じ」レベルだと思います。

 

 

▼大村さんが使っていたセルマーのアルトサックス。サックス吹きが参照するのはどうしてもジャズ系の演奏になりますから「Misty」を知らなかったはずはありません。もしかして吹いたこともあるかも・・・(写真は「DU BOOKS」の記事より流用)

 

サントリー側からCMに使う前提で作曲依頼が来た時には、すでにあまり時間がなかったんでしょう。
確か、ブルースっぽい曲という条件も付いていたんでしたね。
拍子を12/8にしたところを見ると、オールディーズ期に量産されたハチロク系のロッカバラード風にしようと思ったのかもしれません。
でも大村さんは、聖子ちゃんにベタなブルースやオールディーズは合わないと判断して、ジャズ・スタンダードから枠組みを持ってきたんでしょう。あるいは、思いっきり大人っぽい雰囲気にしようと思ったのか・・・。
締め切りを焦った若松Pさんが大村さんをスタジオに呼び出し、1.2個のフレーズしかできてない状態から1時間ほどで完成したと言っていますが、構想が決まってなければ1時間で完成に持っていけるはずなどありません。その枠組みとしてMistyコードを使うことは決めていたんだと思います。


Bメロに関してはブルーノートも多用して、ブルージーな雰囲気を増長しています。

でも、全体的にジャズ的・ブルース的な色合いはほどほどに抑えている感じがします。洋楽を使ってもあくまで「歌謡曲」の範囲を逸脱しない、大村さんのバランス感覚でしょうか。

 

 

ガーナー以前にこのコード進行で書かれた曲があるのか調べましたが、おそらくジャズ系の曲では該当ありません。一昔前のガーシュインやコール・ポーターといったソングライターにも該当する曲はないようです。ということで、このコード進行はエロール・ガーナーのオリジナルだったということになりそうです。
・・・と、

と思ったんですが、一つだけほぼ同じコード進行の曲がありました。それも、なんとキューバのラテン・ナンバー!

 

▼Como Fue / Beny More(1953)

 

「Como Fue」(コモ・フェ)キューバ発祥のボレロというビートに乗せたラテン・ナンバー。私もかすかにメロディーに記憶があります。1953年にBeny Moreという人が歌って大ヒットしたとあります。えっ・・・1953年?「Misty」の1年前ですね。ということはこっちが元祖ということになるわけですね^^;

まったく雰囲気の違う曲でわかりにくいので、バラード風の演奏を載せてみます。

 

▼Como Fue / Ikira Baru

 

コロンビアの歌姫イキラバルさん、すばらしい歌唱ですね。

私もこれを聴いてやっと「Misty」コードだと納得。

とうことで、WEB上で色々検索していると、ジャズ系のサイトでもうひとつ面白いご指摘がありました。マイルス・デイヴィスの「Four」(1954)がMistyコードだというのです。

 

▼Four / Miles Davis Quintet(1956)*初出は1954年

 

これは小節数も違うし、眉唾かと思ったんですが、なるほど2小節単位でコードが動いているので、16小節を8小節に圧縮するとほぼ「Misty」のコードになります。
それにしても、なぜ1953年と1954年にこのコード進行の曲が集中してるんでしょうか?不思議ですねぇ・・・答えは風の中、いや霧の中か・・・

 

もうここまでくると、万物照応、似たコード進行なんていくらでもある、スイメモとMistyが似ているのも偶然でしょう・・・という話になってしまうので(それじゃ困るので)この辺でやめておきます^^;

 

最後に、私が一番好きな聖子ちゃんの SWEET MEMORIES。

大村さんと聖子ちゃんも「Misty」コードの歴史に一石を投じたと言っていいのでしょうね。すばらしい!


▼SWEET MEMORIES/松田聖子(1983)

 

ではまた~~パー

 

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(追記)

エロール・ガーナ―以前に(ジャズ系で)このコード進行で書かれた曲は見当たらない、と書きましたが、コード本を眺めているうちに発見しました。

ビリー・エクスタインが書いた「I WANT TO TALK ABOUT YOU」です。

 

▼I Want to Talk About You / Billy Eckstine(1944)

 

キーもEb。ほぼ同じ進行と言っていいと思います。

1944年ですからこの曲が大元なんでしょうか?

まだあるんでしょうか??

 

ジョン・コルトレーンの愛奏曲でもありました。

 

▼I Want to Talk About You / John Coltrane