前回は「イパネマの娘」について書くつもりが、前哨戦が長すぎてイパネマまで行きつかなかったんですよねぇ・・・ごめんなさい^^;
今回は早速イパネマに行ってみようと思います。でも、なにしろブラジルは地球の裏側でしょう?そう簡単に行けると思ったら大間違い・・・そこで、アメリカから「A列車」に乗って行こうと思います!???

 

■イパネマ行きのA列車

前回は「WAVEはブルースだ!」理論をでっち上げたわけですが、今日も懲りずに「イパネマはA列車だ!」というトンデモ理論を披瀝します。でも、前回はコード表とか楽譜とかを掲げて、「そんなもんわかるかっ!」とお𠮟りをうけたので、楽譜の類は使いません。

まずは元祖「イパネマの娘」をお聴きください。

 

▼Garota de Ipanema(The Girl from Ipanema)

 

この音源については後ほど詳しくやりますので、今は触れません。

次は、デューク・エリントン楽団の 「A列車で行こう」です。

 

▼Take the 'A' Train / Duke Ellington Orchestra

 

ジャズなんかは聴かない善良な方でも聴いたことがあるんじゃないでしょうか?
デューク・エリントン楽団のピアニスト&アレンジャーだったビリー・ストレイホーンが1939年に書いたごきげんなジャズ・スタンダード。エリントン楽団のバンド・テーマです。

エリントンといえば、聖子さんがジャズを歌うきっかけになった幻の「Seiko Jazz 0(ゼロ)」=「One Of These Days」を思い出します。クインシー・ジョーンズにとってもデューク・エリントンはジャズ(あるいはブラックミュージック)の神様だったんですね。

結論を言うと、この2つの曲(Aメロ)のコード進行はほぼ同じです。(イパネマの方は数か所代理コードで処理していますが・・・)
それを実証するために検証動画を作ってみました。キーも違うし、かたや4ビートのスウィング曲、かたや8ビートのボッサですからかみ合うはずはありませんが、無理やりピッチとテンポを合わせてくっつけました。

 

▼「イパネマはA列車だ!」検証動画

 

わかりにくいでしょうけど、ベースがよく聴こえる音響で聴けば、同じ和声でできているのが少しは分かると思います。
「A列車」はジャズでは大スタンダードですが、あまりポップスで使うコード進行じゃないので、確信犯だと思います。サビの進行も影響を受けてるフシがありますし・・・。パクリと言ってもさすがトム・ジョビン、パクる対象がデカいですねぇ。

ジャズからの影響の話を忌み嫌う「ボサノヴァ原理主義」の人は、そんなの偶然だろっ!と言うでしょうが、トム・ジョビンが「ショーロ」とか「サンバ」(特にサンバ・カンソーン)といったブラジル音楽からボサノヴァを形作っていく過程で、ジャズから影響を受けたことは歴然としています。
逆に「A列車」→「イパネマ」こそトム・ジョビン=マジックの白眉ですね^^

 

 

■「イパネマの娘」という曲


コードやなんかの話ばっかりして、リズムの話をしなかったですね。でも、この曲に関しては、リズムだけを取り出してあれこれ言ってもしょうがないんです。

イパネマのキモは、メロディ=リズム=歌詞(言語)の三位一体にあります。


 

一応、日本語でクレジットを書いておきます。
  曲名:イパネマの娘(Garota de Ipanema,The Girl from Ipanema)
  アルバム:『ゲッツ/ジルベルト』(1964)
  作詞:ヴィニシウス・ヂ・モライス
  英語詞:ノーマン・ギンベル
  作曲&ピアノ:アントニオ・カルロス・ジョビン
  ボーカル&ギター:ジョアン・ジルベルト
  ボーカル:アストラッド・ジルベルト
  サックス:スタン・ゲッツ
  プロデュース:クリード・テイラー

 

この曲の基本的な構造は、冒頭でジョアンが口ずさむ「♪ソ~ミレ~・ソ~ミレ~・ソ~ミレ~」のモチーフを比較的単純なコードに乗せただけのシンプルなものです。これが、ポルトガル語の歌詞に合わせて絶妙なリズムとシンコペーションを含むメロディに整形されています。言葉のリズムがビートを生み、同時にメロディを生んでいる感じ、これがすごいんですよねぇ。たぶん英語の国では絶対に生まれなかったメロディ(=リズム)です。

ノーマン・ギンベルによる英語歌詞もよく出来てるとは思いますが、やはりリズムとメロディの一体感が少し崩れます。アストラッド譲の英語がたどたどしいのがむしろ救いでしょうか? これを流暢な英語でやるとやっぱり違和感ありありです。

 

▼The Girl From Ipanema / Frank Sinatra & Tom Jobim

 

 

■スタジオの風景

*以下、コンプライアンスに触れる表現があります・・・^^;

「イパネマの娘」を含む『 Getz/Gilberto 』のレコーディングは、1963年3月にNYのA&Rスタジオで行われましたが、メインのジョアンとゲッツの二人は一癖も二癖もある超変人どうし。当然ながらすこぶるヤバイ雰囲気でレコーディングは進みます。お互いの言葉が分からないのが救いでした。通訳したのはトム・ジョビン。

(ジョアン)「こいつは何もわかってないな。バカって言ってやれよ、トム!」
( トム )「えぇぇ~?、勘弁してよぉ・・・」
      「ゲッツさん、ジョアンは君と共演できて嬉しいと言ってますよ」
( スタン  )「なわけねぇだろっ。ちゃんと通訳しろ、このボケがぁ!」

ってな具合で一触即発の雲行きの中、サラリーマンの経験があるトムのバランス感覚でなんとかレコーディングを終えました(私の妄想です)。

さらに、ジョアンの奥さんだったアストラッドが、自分も歌いたいと言い出し英語の歌詞で飛び入り参加することに・・・。(まあ、この逸話は眉唾でしょうねぇ。最初からプロデューサーのクリード・テイラーが仕組んでいたはずです)
しかも、出来上がったアルバムからアストラッドの英語歌唱だけがシングルカットされて米国で発売。これが200万枚のダブル・ミリオンになります。

▼The Girl From Ipanema / Astrud Gilberto
 

 

主役のはずの自分の歌がすっぽり削除されて、悲憤慷慨・切歯扼腕のジョアン。
(噂では)ゲッツは「おお、いい女じゃないか」というわけで、アストラッドに手を出し、一時はいい仲に・・・そのせいか知りませんが、まもなくジョアンとアストラッドは離婚しちゃいます^^;踏んだり蹴ったり。

 

■登場人物たち

1)アントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)
ジョビンについては話の中で随時触れてきたので、詳しくはWIKIの記載(ちょっと癖のあるWIKIですが・・・)に譲ります。
個人的には、若い頃にナイトクラブであらゆるジャンルの曲をピアノ演奏したり、レコード会社の社員としてあるいはディレクターとして、譜面起こしの雑用から編曲やレコード制作まで膨大な量の仕事をこなした経歴からくる「引き出し」の多さがすごいなと思います。ジョビンの音楽的知識の膨大さは半端ないレベルですね。



先般、リオの海岸に立つジョビンの銅像を上げましたが、リオのガレオン空港も1999年から「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」と改名されています。本人が生きていたら恥ずかしがること請け合いですが、まさにブラジルの国民的ヒーローっていう感じでしょうか。

 

2)ジョアン・ジルベルト
ジョアンが歌った「Chega De Saudade」(想いあふれて、1958)という曲がボサノヴァ第1号と言われています。普通、音楽のジャンルなんていうものは自然発生するもので、これが最初なんて特定できるものじゃありませんが、この曲がなぜ第1号と言われるのかというと、ジョアンが「発明」した「バチーダ(Batida)」というギター(ヴィオラォン)の奏法を初めてレコードで披露したからです。つまり、ジョアンの「バチーダ」こそがボサノヴァの核心だったということです。

 

▼Chega De Saudade / Joao Gilberto(1958)

 

それから、ジョアンの歌唱法の特徴は「脱力」感にあふれた発声法で、これがその後のボサノヴァ歌唱のお手本になりました。
「脱力」と言っても、私のような「やる気のなさ」とは違いますよ^^;脱力は適度の癒しとリリシズムをもたらしますが、同時に透明なガラスのような緊張感を孕んでいます。
ジョアンのこの「脱力歌唱」は、チェット・ベイカーのレコードからヒントを得たと言われています(たしか本人も自認していたはず)。

 

▼My Funny Valentine / Chet Baker(1956)

 *この曲は『Seiko Jazz 2』のラストナンバーでしたね。

 

チェット・ベイカーは50年代のウェストコースト・ジャズを代表するプレイヤー(本職はtp)の一人ですが、当時のブラジルの若者は、ポップスの一種として西海岸のジャズを聴いていました。ジャズがポップスだった最後の時代ですね。
極度のジャンキー(麻薬常習者)だったチェットは、事実上アメリカから追い出され、ヨーロッパを転々としていましたが、最後はアムステルダムのホテルの窓から転落して謎の死を遂げました・・・。事故とも自殺とも言われています。

 

3)スタン・ゲッツ

村上春樹氏が愛してやまないスタン・ゲッツですが、人間的には良く言うひとはほとんどいません・・・^^;
20歳の頃にはすでにウディ・ハーマン楽団のスター・プレイヤーだったゲッツは、1949年から1950年代初頭にかけて珠玉の演奏を多数残しています。この頃のクールでイマジネーションに溢れたアドリブ・ソロは私も大好きです。

 

▼The Way You Look Tonight / Stan Getz(1952)

 *この曲は『Seiko Jazz 2』でボサノヴァ・リズムで歌ってますね^^

 

でもゲッツは(チェット・ベイカーと同様)稀代のジャンキー野郎で、1954年にはヤク欲しさに薬局に強盗に入って逮捕・収監され、その後アメリカから逃げて?北欧に住んでいます。
一番脂の乗りっ切った50年代後半を棒に振った形です。60年代に入ってアメリカで再起したころは、以前と比べるとかなりハードブロウもするようになりました。

スタン・ゲッツの奏法の特徴のひとつは、ハーフトーン(端から息を漏らす)を多用することで、低音から高音までこれをやります(高音のハーフトーンは技術的に超むずかしいです)。
一見(一聴)リリカルな演奏に聴こえるゲッツのプレイも、実はかなり青筋立てて吹いていて、すごく音圧が高いんです(息を半分外に漏らすから当然です)。
逆に音圧がすこぶる低いジョアンのボーカルとの組み合わせは、録音もミキシングも難しかったはずです。レコードを聴いてみても、やはりゲッツのサックスは(色んな意味で)違和感ありありですが、この違和感が最高だと言う人もいます。物は和言いよう、音楽は聴きようですからね。

4)ヴィニシウス・ヂ・モライス
初期のボサノヴァのほとんどは、ジョビンの作曲、ジョアンのギター、そしてヴィニシウスの作詞という鼎(コンビ)で成り立っています。

 


ヴィニシウスはオックスフォード大学に留学し英文学を学んだ詩人であり、外務省の外交官でもあったという超インテリ。かなり前衛的な詩も書いていますが、1956年の戯曲『オルフェウ・ダ・コンセイサゥン』(映画『黒いオルフェ』の原作)の音楽をジョビンに依頼したのがきっかけで、ジョビンの曲のほとんどを作詞することになります。

ヴィニシウスがボサノヴァ詞のムードを決定づけたといっていいのでしょう。アメリカのトーチソングとはかなりニュアンスが違いますね(原語の分からない私には評価のしようがありませんが)。
この人も、ジョアンに劣らぬ奇人変人で大酒豪(というかアル中)だったそうですが、離婚結婚歴=9回というのもすごいですね^^;ヤバイ逸話に事欠きませんが長くなるのでやめておきます。

 

もう一人の登場人物、アストラッド・ジルベルトについても、なんか余計なことを書いてしまいそうなのでやめておきます・・・。

 

ということで、今日は中途半端な「ボサノヴァ(&Jazz)入門」みたいな記事になってしまいましたが、まだまだつづく「イパネマの娘」。次回は『Seiko Jazz』と『Seiko Jazz 2』で歌ったボサノヴァ4曲について書きたいと思います。

 

では~~~パー