↑遊ばれています…👶


父との生活は、いつも順風満帆だったわけではありません。

父は仕事から帰ってくると、お酒を飲むことがよくありました。

そして、たまに私に手を挙げることもありました。

子どもの頃はかなり怖かったです。

何が正解なのか分からないまま、父の機嫌をうかがっていた日もありました。

でも今振り返ると、それは父の抱えていたストレスの表れだったのだと思います。

父は一人で働き、一人で家庭を支えていました。

私を食べさせていくために。

生活を守るために。

休みたい日もあったはずです。

逃げ出したい日もあったはずです。

それでも父は毎日仕事へ向かっていました。

私は小さい頃から、父の会社の忘年会や集まりによく連れて行かれていました。

一人親だったので、預ける場所がなかったのだと思います。

子どもだった私は、みんなに可愛がってもらえて嬉しかったのですが、大人になった今だから覚えている場面があります。

ある忘年会で、父の同僚らしき人が父にこう言いました。

「〇〇さん、あの時はすまんかったな。」

その言葉を聞いた時は意味が分かりませんでした。

でも今なら分かります。

きっと仕事で何かあったのでしょう。

トラブルだったのか。

人間関係だったのか。

詳しいことは分かりません。

ただ、その忘年会の少し前、父が家でお酒を飲みながら誰かの名前を口にして怒っていたことを思い出しました。

普段あまり人の悪口を言わない父が、悔しそうに、腹立たしそうに言葉を吐いていました。

当時の私はただ怖いなと思っていました。

でも今は違います。

父も一人の人間だったんだと思うのです。

仕事で傷つくこともある。

理不尽なことを言われることもある。

頑張っても報われない日もある。

それでも翌朝になれば仕事へ行かなければならない。

生活のために。

子どものために。

今、私も母親になりました。

そして仕事をしながら子育てをしています。

お金を稼ぐことの大変さも少し分かるようになりました。

責任を背負うことの重さも分かるようになりました。

だからこそ思います。

父は本当に一生懸命だった。

完璧な父親ではありませんでした。

怒ることもあったし、お酒に逃げる日もあった。

でも、それほど追い詰められていたのだと思います。

それでも仕事を辞めずに働き続けてくれた。

私を育てることを投げ出さなかった。

父なりに必死に生きていた。

子どもの頃には見えなかった父の背中が、大人になった今は少しだけ見える気がします。

あの頃の父は、ただ不器用なだけで、誰よりも私を守ろうとしてくれていたのだと思います。


父はもうこの世にはいません。

だから今となっては、本当の気持ちを聞くことはできません。

あの時、何に悩んでいたのか。

何を背負っていたのか。

聞いてみたいことはたくさんあります。

ただ一つ確かなのは、

父は不器用なりに、精一杯私を育ててくれたということです。

そして、その愛情に気づくのはもう少し先の話になります。

…つづく❤︎