自主的に動けないということは
自主的な人生が送れないということで
自主的に人生が送れないということは
誰か
他者に人生を乗っ取られてしまう
人生を操作されてしまう
ということなのかもしれません
思春期の
自我の確立の時期に
自分を殺して生きていたためか
私は
自分のやりたいこととか
好きなこととか
そういった
自主的な発想と主体的な行動ができなくなっていた
どう動いたらいいのか
とっかかりが
つかめなくなっていたし
どう振舞ったら
みんなに受け入れられるのか分からなかった
なにしろ
JWであったことがバレるのも怖かった
いまだに
家族がJWであって
へんてこりんな生活をしていることが
バレるのも怖かった
とはいえ、
やはり一番は
何事をやるにも
二の足を踏むようになってしまっていたことが
不幸なことだった
何かをいつも恐れていて
何かが不安で
いったい何が怖かったのだろう
JWから離れても
離れてすぐに
ば~んと
ふつうの人のようには暮らせなかったのだ
どこかで
自分にブレーキをかけながら暮らしていた
(ばかみたい)
そう
自分の今までのJWであったこととか
今、どうやって行ったらいいのか
そういったことを
話せる相手がいなかった
そんなことを話したら
きっと
みんな私から離れていってしまうと思っていた
人との付き合い方が
わからなくなってしまっていた
どんな人と
友人になれるのかも
わからないし
自分から
「お友達になってください」
的なことを
言えなかった
心の内を
誰かにわかってもらいたかったのに
誰にも言えずにいた
だって
自分は
話題が何もなくて
おもしろいことない人間だから
友人なんて望むのは無理
だから
いつも
待っていた
誰かが声をかけてくれたり
何かが目の前に置かれるのを
それなのに
優しく声をかけてくれる人には警戒した
というか
どうせ私なんか・・・
と思っていた
それでも
何度も声をかけてくる人には根負けしたりした
その最たるものは
「交際相手」だった
私は
自分なんて
まともな家庭でまっすぐに育った人には
相手にされないだろうと思っていた
元JWなんて
家族が現役のJWの家の子なんて
誰も真剣な交際相手には
選んでくれないと思っていた
だから
私の交際相手は
どこか
ふつうの家庭ではない人ばかり
不思議なことに
そうなってしまう
お互いが普通でなければ
お互い様
というかんじ
お互いの
普通でない家族のことを
話題にすることもなく
どこか何かを
隠しながら
心を閉ざした部分を持ちながら
人と付き合う
それが
不幸の始まりだとも気づかず
ふつうではない家庭に育っても
自分がしっかり
自分を生きている人なら良かったけど
私は
そういう人や
ふつうの家の人は
まぶしくて
そばに寄れなかった
そうやって
ひなたに出ることを
避けて過ごしていた
もったいなかったな
きっと
気持ちの持ち方ひとつで
自分の
気づきひとつで
全く違った
人生の岐路は
たくさんあったはず
ひとりで
勝手に
不幸ぶっていたのかな
怖がり過ぎていたんだよね
世の中が怖かった
でも
でも
でも
心の中では
自分は
こんなもんじゃない
って叫んでいた
矛盾したわたし