田舎のJW一家として
家族全員がJWだった我が家は
会衆の中で模範的かつ理想的な一家でした
でも
わが家には
祖母が一緒に住んでいました
もともと
父と祖母は折り合いが悪く
両親のいない日中に
祖母が親戚に電話をして
両親の悪口を話しているのを
子ども心に
聞いてはいけない会話を聞いてしまった感じ
で、はっとしたのを覚えています
よく
娘に愚痴って電話していました
こっそり聞いてしまった私は
両親に話してはいけないことだと
なんとなく感じて
決して親には言いませんでした
「おばあちゃんが
お母さんたちがいない間に
おばさんに悪口の電話をしていたよ」
なんて
言えませんでした
なんでかな?
告げ口は悪いことだと思っていた?
親の悪口を言う人がいるなんてことを親に言いたくなかった?
これ以上祖母と両親の中が悪くなるのがいやだった?
たぶん、全部です
両親が入信し、
家族全員がJWとなった後
祖母との仲はますます悪化
祖母にも
一緒に、と入信をすすめはしていました
何度か一緒に集会へ行ったこともありました
でも
祖母は先祖代々の仏教を捨てることはできない
神棚は守らなければ
の一点張りで
次第に
家族の間での孤立を深めていったのです
もちろん
離れて暮らす親戚に
何度も電話をしていました
私も
陰でこっそり聞いていました
おばあちゃんも怒っているし困っている
親戚の人たちも困っているしあきれている
私の両親が始めたことは
親戚中を困らせているんだと
子ども心に
持っていき場のない気持ちに
何度も何度もなりました
当時は
毎食事の前に家族がそろって
まず父が祈りをささげるのですが
その時間が終わってからくるようになりました
夕食のあと
確か「年鑑」とかいう分厚い本の
その日の部分を家族で「検討」勉強するようになると
食事もそこそこに
自分の部屋に籠るようになってきました
子どもの私が
悲しかったのは
祖母がイライラするからか
私達に心無い言葉をぶつけてくることが増えたことです
何度も泣かされた記憶があります
会衆のメンバーが
祖母に旅行のお土産を買ってきても
決して食べようとはしなかった
半年たっても
1年経っても手付かずのまま
冷蔵庫にずっと残ったままのそのお土産
見るたびに
私の心のどこか隅の方が
硬くなって
冷たくなる思いがしました
もはや祖母も
意地で反対し、孤立していたように思えます
当時のことを思い出すと
辛くなりますが
私も
祖母に優しくしてあげられませんでした
ごめんなさい、おばあちゃん
きっと淋しかったよね
家の中で一人っきりなんてね
嫌だったよね
辛かったよね
腹立たしかったよね
一日一回くらいは
顔を見に行って
会話をしてあげればよかったよ
ごめんなさい、おばあちゃん
私は
自分もJWをやめたら
家族の中で同じような扱いを受けるのかなと思うと
震えあがるくらい怖かった
孤独に立ち向かう勇気なんて
なかった
本当に
祖母みたいに
つまはじきにされるかも
会話すらしてもらえなくなるのかも
存在を無視されるのは辛い
たぶんそう思ったから
両親に反抗することができなかったんだよね
意見することができなかったんだよね
かわいそうなおばあちゃん
かわいそうな私
忘れていたけど
祖母のことを思い出して
急に
懺悔したくなりました
同じ家に暮らしながら
あんな仕打ちができるって
やっぱりへんてこりんだよね