食べ物を
「カロリー」という数字としてではなく
私の命を支えてくれる大切な「いのちのもと」だと認識すること。
食べることは
「いのち」をいただく行為だと認識すること。
それを
感謝の気持ちをもって、美味しくいただくこと。
何をどのくらい食べるかってことも大事だけど、
どんなシチュエーションでどんな気持ちで食べるか
そして、
体に摂りこんだエネルギーを使って、何をするのか、
何を感じて、どう生きるのかってことを大事にすること。
これらは
過食症が良くなってからできるようになったことだけど、
逆に、
こういうことを置き去りにしていたから
過食症という病気になってしまったのかもしれない。
最近、そんなふうにも感じます。
今日も、
美味しくご飯をいただける心と体があって
幸せです。
いつの間にか、カロリーにものすごく詳しくなっていた。
どんな食材も、どんな料理も大体の概算カロリーを計算できるようになっていた。
運動の消費カロリーも計算できる。
電車で20分立ってたから40Kcalくらい消費したなぁ。とか
駅から10分くらい歩いたから40Kcalくらいかな、とか。
(合っているかどうかは別として)
頭の中はいつもいつも、
摂取カロリーと消費カロリーの暗算で忙しかった。
もっと他に考えること、感じること、あったはずなのに。
お友達のこと、将来のこと、恋愛のこと、
家族のこと、おしゃれのこと…。
せっかく健康に恵まれて、生きている貴重な時間に
カロリー計算と体重の管理に明け暮れた。
せっせとカロリーを消費して、
食べるもののカロリーは少し多めに見積もって
自分の決めたラインを下回るようにし、
そして時々一気に半日分、一日分のカロリーを
摂取して自己嫌悪と後悔に陥る。
その繰り返し。
体重が減ってきたと思ったら
沢山食べて元通り。
また減らす。
努力と忍耐の繰り返しから得られた達成感を
自分で水の泡にする、
賽の河原での石積みを、
これまで何十回、してきただろう。
ダイエットで減らした体重の総計はたぶん
100kgを超えるのではないかと思う。
一度だけ、
高校三年生くらいのときに拒食にもなりかけた。
自分が痩せていることが全く自覚できないまま、
あばら骨が浮き出るくらいガリガリになって
生理も止まって婦人科に通った。
それでも、まだまだ足りないと思っていた。
あと5キロは痩せたいと思っていた。
自分の中で、ゴールを完全に見失っていた。
学生時代は、今よりも痩せていたにもかかわらず
「自分は太っていて恥ずかしい」という意識が
常に付きまとっていた。
だから、何度打ちのめされても
立ち止まり、努力をやめるわけにはいかない。
だって、ダイエットに成功しない限り、
私は
友達と心から笑うことも
家族と楽しくご飯を食べることも
恋愛をすることも
おしゃれを楽しむことも
全部許されないのだから・・・。
(全部自分で「許していなかった」だけなんだけれども)
「努力」や「頑張る」ことは惜しまなかった。
でも「楽しむ」ことは自分に許していなかったと思う。
早く痩せて人生のスタートラインに立ちたい。
痩せられるまで、と
私の学生時代はいつも「準備中」の看板を掲げていた。
どんな食材も、どんな料理も大体の概算カロリーを計算できるようになっていた。
運動の消費カロリーも計算できる。
電車で20分立ってたから40Kcalくらい消費したなぁ。とか
駅から10分くらい歩いたから40Kcalくらいかな、とか。
(合っているかどうかは別として)
頭の中はいつもいつも、
摂取カロリーと消費カロリーの暗算で忙しかった。
もっと他に考えること、感じること、あったはずなのに。
お友達のこと、将来のこと、恋愛のこと、
家族のこと、おしゃれのこと…。
せっかく健康に恵まれて、生きている貴重な時間に
カロリー計算と体重の管理に明け暮れた。
せっせとカロリーを消費して、
食べるもののカロリーは少し多めに見積もって
自分の決めたラインを下回るようにし、
そして時々一気に半日分、一日分のカロリーを
摂取して自己嫌悪と後悔に陥る。
その繰り返し。
体重が減ってきたと思ったら
沢山食べて元通り。
また減らす。
努力と忍耐の繰り返しから得られた達成感を
自分で水の泡にする、
賽の河原での石積みを、
これまで何十回、してきただろう。
ダイエットで減らした体重の総計はたぶん
100kgを超えるのではないかと思う。
一度だけ、
高校三年生くらいのときに拒食にもなりかけた。
自分が痩せていることが全く自覚できないまま、
あばら骨が浮き出るくらいガリガリになって
生理も止まって婦人科に通った。
それでも、まだまだ足りないと思っていた。
あと5キロは痩せたいと思っていた。
自分の中で、ゴールを完全に見失っていた。
学生時代は、今よりも痩せていたにもかかわらず
「自分は太っていて恥ずかしい」という意識が
常に付きまとっていた。
だから、何度打ちのめされても
立ち止まり、努力をやめるわけにはいかない。
だって、ダイエットに成功しない限り、
私は
友達と心から笑うことも
家族と楽しくご飯を食べることも
恋愛をすることも
おしゃれを楽しむことも
全部許されないのだから・・・。
(全部自分で「許していなかった」だけなんだけれども)
「努力」や「頑張る」ことは惜しまなかった。
でも「楽しむ」ことは自分に許していなかったと思う。
早く痩せて人生のスタートラインに立ちたい。
痩せられるまで、と
私の学生時代はいつも「準備中」の看板を掲げていた。
いつからか、ダイエットが人生のテーマになっていた。
いつからだろう…。高校生くらいだったかな。
純粋に、かわいくなりたかった。
雑誌にでてくる華奢で可憐なモデルさんみたいになりたかった。
私はもともと骨格がしっかりしていて筋肉もある体質。
そのころは週5くらいでスケートをやっていたので
決して太っていなくて、
むしろ健康的にひきしまっていたけれど、
棒のように細くないのが許せなかった。
真面目で努力家の性格が
ダイエットという分野にも炸裂した。
成長期で代謝がすごくいいところに
スケートで体を良く動かして
お勉強で頭使って
更に通学で一駅歩いたりもした。
食べる量を減らして
お菓子類はほとんど食べなかった。
面白いほど痩せていった。
周りのお友達に、細くなったねーと言われて
嬉しかった。
洋服がゆるくなるのが嬉しかった。
痩せれば、スケートもうまくなれると信じていた。
スタイルがよくなれば
演技も映えるようになると信じていた。
でも、そうでもなかったみたい。
きちんと食べていないから
つくはずの筋肉がつかず、
スタミナもイマイチ続かない。
(才能の問題もあるかもしれないけど)
練習をいっぱいしても
全然上手にならない…。
そして、試合で結果が出せず、
自分の中の何かが崩れた。
お菓子を食べ始めると
ブレーキが効かなくなってしまった。
最初は自覚症状がなかった。
箱で買ったチョコレートの減り具合を見て、
それに気づいたクラスメートが
「大丈夫!??」と心配してくれて
それで「あれ?」と気づいたのを覚えている。
特にテスト前とか
自分を追い込んでストレスがたまるときに
その症状はひどくなった。
すっかりしみついたダイエットの習慣は
変わらず、十分やせているのにもっとやせようと
終わりのない努力は続いた。
とにかく、棒のような手足の女の子になりたかった。
気づいたら、みんなで楽しく食事をすることが減って、
ひとりで隠れて食事することが増えた。
気兼ねなくダイエット食を食べられるから。
一方で、ひとりで隠れてお菓子を食べることが増えた。
いつからか、私のなかで
食事はひとりでこっそりするものになっていった。
ひとりでする食事は
心行くまで
ダイエットと、過食のはざまに浸り、
食べ物と向き合える
不思議な儀式・時間になっていった。
家族でする食事は
自分でコントロールできないから
なんとなくおっくうになっていった。
せっかくお母さんが心をこめて作ってくれた料理を
疎ましく思うようになっていった。
十分痩せていて、運動量が多くて成長期なのに
ダイエットしようとする私を心配して
母はちゃんと食べるようにとよく言っていた。
私は聞かず、
炭水化物、とくに白いお米を嫌がり、
揚げ物やカロリーの高い料理が出てくると
不機嫌になったりした。
(なんでこんなにカロリーの高いものを食べなきゃいけないんだろう)
いつからか食べ物は
誘惑でもって襲い掛かる、克服するべき「敵」になっていった。
それでも体は正直で
生きよう、成長しようと懸命に栄養を求めたがる。
だから食べ物は、
友達より家族より
私のことを「誰よりも満たしてくれる存在」にもなっていった。
食べ物に対する気持ちを表現するのに
「愛憎」という言葉が、近いかもしれない。
こうして
「食べる」という根本的で自然で当たり前の行為に
異常な執着が生まれていった…。
※ ※ ※ ※ ※ ※
暗い記事で申し訳ありません(ノ_-。)
でも、こうして書くことで、
ひょっとしたら誰かの役にたつかもしれないし、
なにより自分で自分の過去を振り返って
それを乗り越える「けじめ」みたいなものになります。
お読みくださる読者様、
引き続き過食ネタを書いていくと思いますが、
どうかあたたかい気持ちでお付き合いいたけると
幸いです…。
いつからだろう…。高校生くらいだったかな。
純粋に、かわいくなりたかった。
雑誌にでてくる華奢で可憐なモデルさんみたいになりたかった。
私はもともと骨格がしっかりしていて筋肉もある体質。
そのころは週5くらいでスケートをやっていたので
決して太っていなくて、
むしろ健康的にひきしまっていたけれど、
棒のように細くないのが許せなかった。
真面目で努力家の性格が
ダイエットという分野にも炸裂した。
成長期で代謝がすごくいいところに
スケートで体を良く動かして
お勉強で頭使って
更に通学で一駅歩いたりもした。
食べる量を減らして
お菓子類はほとんど食べなかった。
面白いほど痩せていった。
周りのお友達に、細くなったねーと言われて
嬉しかった。
洋服がゆるくなるのが嬉しかった。
痩せれば、スケートもうまくなれると信じていた。
スタイルがよくなれば
演技も映えるようになると信じていた。
でも、そうでもなかったみたい。
きちんと食べていないから
つくはずの筋肉がつかず、
スタミナもイマイチ続かない。
(才能の問題もあるかもしれないけど)
練習をいっぱいしても
全然上手にならない…。
そして、試合で結果が出せず、
自分の中の何かが崩れた。
お菓子を食べ始めると
ブレーキが効かなくなってしまった。
最初は自覚症状がなかった。
箱で買ったチョコレートの減り具合を見て、
それに気づいたクラスメートが
「大丈夫!??」と心配してくれて
それで「あれ?」と気づいたのを覚えている。
特にテスト前とか
自分を追い込んでストレスがたまるときに
その症状はひどくなった。
すっかりしみついたダイエットの習慣は
変わらず、十分やせているのにもっとやせようと
終わりのない努力は続いた。
とにかく、棒のような手足の女の子になりたかった。
気づいたら、みんなで楽しく食事をすることが減って、
ひとりで隠れて食事することが増えた。
気兼ねなくダイエット食を食べられるから。
一方で、ひとりで隠れてお菓子を食べることが増えた。
いつからか、私のなかで
食事はひとりでこっそりするものになっていった。
ひとりでする食事は
心行くまで
ダイエットと、過食のはざまに浸り、
食べ物と向き合える
不思議な儀式・時間になっていった。
家族でする食事は
自分でコントロールできないから
なんとなくおっくうになっていった。
せっかくお母さんが心をこめて作ってくれた料理を
疎ましく思うようになっていった。
十分痩せていて、運動量が多くて成長期なのに
ダイエットしようとする私を心配して
母はちゃんと食べるようにとよく言っていた。
私は聞かず、
炭水化物、とくに白いお米を嫌がり、
揚げ物やカロリーの高い料理が出てくると
不機嫌になったりした。
(なんでこんなにカロリーの高いものを食べなきゃいけないんだろう)
いつからか食べ物は
誘惑でもって襲い掛かる、克服するべき「敵」になっていった。
それでも体は正直で
生きよう、成長しようと懸命に栄養を求めたがる。
だから食べ物は、
友達より家族より
私のことを「誰よりも満たしてくれる存在」にもなっていった。
食べ物に対する気持ちを表現するのに
「愛憎」という言葉が、近いかもしれない。
こうして
「食べる」という根本的で自然で当たり前の行為に
異常な執着が生まれていった…。
※ ※ ※ ※ ※ ※
暗い記事で申し訳ありません(ノ_-。)
でも、こうして書くことで、
ひょっとしたら誰かの役にたつかもしれないし、
なにより自分で自分の過去を振り返って
それを乗り越える「けじめ」みたいなものになります。
お読みくださる読者様、
引き続き過食ネタを書いていくと思いますが、
どうかあたたかい気持ちでお付き合いいたけると
幸いです…。