どうせ私なんてという気持ち | 蒼い空の下で

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『しなやかに自分を生きる』ことをモットーとする高山留歌によるブログです。
より良い人生を生きるためのヒントやprivate、日々の暮らし、想うことなど徒然に綴ります。

 

 

 

私なんて、という気持ち。

 

どうせ私なんて(俺なんて)の後に続くのは
ネガティブ寄りの言葉。 

 

自分を卑下する言葉。 

 

正直に言うとね、以前に持ってましたよ私も。

私なんて

という気持ち。

 

他に比較対象が在るときも無いときも

その気持ちを抱き続けているのは

結構苦しいもの。 
そもそも私は比べるという行為自体が嫌い。

スポーツ競技など優劣をつけざるを得ないものは別としても

芸術や人自体を比べるとかね。

そこに見出す価値観は人それぞれでもあるのだし、
 

 

そんな気持ちを抱いていると、

誰かに褒められてもその言葉を素直に受け取れない。

自分のことを(なんで私はダメなの)と責めてしまう事も

あるかもしれない。

 

 

でもね、「私なんて」と言っているあなたを

気にかけてくれている人や心配している人はいる訳で。

そんな人たちはあなたの事を「こいつなんて●●だ」または

「こいつなんて●●じゃない」なんて

思いながらつきあってもない訳で。 

過去の、そして今現在のあなたを友人や彼氏・彼女、
もしくは家族に選んでいる。 

友人も家族も、雇用関係でさえも一方通行では成り立たない

例えば友人というケースで言うならば知り合いにはなれたとしても、
そこにあなたに対する好意がなければ友人にはなれないのね)

 

 

あなたは選ばれている。 

 

 

自分を卑下しているということは、

自分を選んでくれた人達のことも卑下しているという事に

他ならないんじゃないか?

 

 

いつだったか、それにはたと気がついて

私は「どうせ私なんて」という気持ちを捨てたんだよ。

 

昨日書こうと思ってた記事とは違っちゃったけど、
まあいいよね(笑)