盛岡食いしん爺日記
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盛岡市本町。
その昔、盛岡城下で京風の町家が多く京町と呼ばれていた。
おそらく京都や近江からの商人が住みついたのだろう。
本丁とい名の時代を経て明治期に本町となる。
本町と言われる地名は、街の中心となる重要な場所に使われる様だ。
この辺りには大工町、油町などもあった。
すぐ北隣に北山の寺院群があり、寺町、後に花屋町と呼ばれた街もあった。
また、明治時代には花街としても栄え、
本町界隈を本街、八幡界隈を幡街と呼んだ。
盛岡芸妓は本街に41人、幡街に54人という記録もある。
今は、往時の勢いはないが、
何かしら落ち着いた佇まいで風情がある。
本町通の真ん中辺りに創業400年を超えるそば屋「橋本屋」の
歴史を感じさせる建物。
本町通を西に行くと中津川が流れ、
擬宝珠のある上の橋が架かっている。
元々、橋本屋はこの橋の袂にあったので「橋本」と聞いた。
Never Tears · 松岡直也
改めて街の歴史を辿ってみながら橋本屋本店に入った。
いつも書くのだが、
入るたび、時代劇に必ずといっていいほど登場するそば屋で、
丁髷姿で徳利を傾け、そば食べている姿が浮かんでくる。
いつも各テーブルに飾れている花は、各テーブルごとに違う。
店の人達の客への心遣い。
味もさることながら、これが400年続くということなのだろう。
今宵、冷風麵を食べたいという人と来た。
始まっていた。
ところが、頼む段になって一緒の人が迷い出した。
お茶を運んできた店の人に、
「ちょっと待ってください」と言い、思案顔。
そうそう、ここも何にしようか迷う店だ。
「決めた、カツ丼だ!」
「・・・」
逆に私は冷風麺が食べたくなった。
向かいに置かれたカツ丼。
ふわふわの玉子に包まれた飴色のカツ。
何度見ても、
こちらの食欲まで刺激される。
味噌汁もたっぷり。
いよいよ始まった冷風麺が来た。
チャーシュー、玉子焼き、キュウリ、キクラゲ。
紅生姜が端にあり、てっぺんにクルミの粉。
なんと奇麗なことだろう。
具材に隠れ、麺もたっぷり。
美味しい~
冷やし中華と呼ぶ地域が多いらしいが、
盛岡界隈では多くの人が冷風麺と言う。
何かで冷風麺の発祥の地が仙台市の中華料理店と聞き、
行ったことがある。
もう十年以上も前のことだ。
特に上等な酢を使った様なスープが美味しかった。
私は中学2年の途中まで岩手の県南で暮らした。
両親も冷風麺と言っていた。
知識も薄いし、さほどうんちくに拘るつもりはない。
ただ、各地で呼び名が違うのは興味深い。
その土地に行って食べた時、
暮らす人に聞いたり、調べたりするのも楽しいだろう。
そう言えば、今は閉めたが、年中冷風麺を出す中華料理店があった。
真冬でも何度も食べに行ったものだ。
二人とも満足して橋本屋を後にした。
玄関の辺りにプランターがあり、
イチゴが赤くなっていた。
昨年も実っていた。
「そうか、イチゴの季節なんだ」と一緒の人が言った。
しゃがんで見ていた。
酸味が強そうだが、美味しそうだ。
それでもイチゴ本来の味がするんだろう、なんて思った夜。