盛岡食いしん爺日記
(音楽が流れます、音量に注意)
右も左も高層マンションに囲まれた直利庵。
それでも店構えは威風堂々。
近頃、ここでいつも迷う。
「食べようか、どうしようか?」
結局、別のものを注文しては過ぎた2年ほど。
Corcovado. "Quiet Nights of Quiet Stars" (Live)
長年通い、たいていのものの味は知っている。
時には、原点に返ってざるそばを2枚重ねたり、
かつ中華という変わりそばを食べたり、
鴨や舞茸、牡蠣、白子のそばなど季節を味わったりしている。
先日、ある人と一緒に来た時、「よし!」とアドレナリンが出た。
誰かがいると、挑戦したくなることがある。
向かいの人に鮎そばを勧めた。
川魚があまり好きじゃない人なのだが、
直利庵の鮎そばは絶品で別物だと話した。
すると、食べてみると言った。
始めに、ますだけというきのこのバター焼き。
バターの香りに包まれ、サクサクとした食感。
秋の深まりを想う。
向かいに鮎そばが置かれた。
その人は、一瞬の躊躇の後に箸を持った。
刻まれた茗荷の下に子持ち鮎が丸ごと。
ゆっくり箸を口に。
すぐに目を見開いた。
「やわらかい!」
臭味もなく噛むと、ほろほろと崩れていくのだ。
「美味しい!」と笑顔。
さぞかしイメージと違っていたことだろう。
私も挑戦。
ここ、2年ほど前に見つけた品書きに載っていた「納豆そば」。
温かいそばにした。
静々とテーブルに置かれた。
淡いイエローを際立たせる漆黒の海苔。
この装いにやられた。
しばらく見惚れていた。
想像と全く違っていた。
匂いはさほど漂わないで、私の鼻先にほのかに感じるだけ。
心地良い。
納豆は、玉子の黄身と一緒に泡立てられていた。
つゆは微かに甘いと感じた。
そして、「なんだろう?」時々ぷちぷちとした食感。
美味しいそばに絡むつゆ。
あの粘りやぬめり感もない。
れんげですくうと、確かに小粒の納豆がたくさん入っている。
ご飯を少し頼んだ。
小ライスが瞬く間になくなった。
日頃食べている納豆ではない。
上質な大豆を使い手の込んだ料理の様な感じ。
隣に海外の方がいた。
長いゆシルバーの髪を一つに纏め、
何やらクリエイターぽい雰囲気の男性。
日本酒と松茸の菊花びたしとあみたけのおろし。
しめは鮎そばだった。
箸を上手く使いこなし、なかなかの食通の様だ。
丁度、店の人とやり取りしているが、
日本語は、たどたどしい。
きっと盛岡で暮らし始めたのだろう。
食べ終わった帰り際、女将さんに聞いてみた。
「納豆そばにカリッとした食感があったのですが?」
「あれは、揚げ玉なの、ちょっと食感をね」と微笑む。
なるほど。
厨房の方にも頭を下げ、店を後にした。
直利庵は蕎麦屋の域を越えた日本料理の店だと思った。
そして、二人とも自分の先入観という殻を一つ破った夜になった。