盛岡食いしん爺日記
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陽が落ちても春めいた風。
冬は何処へ。
マフラーを外して歩いた。
北国暮らしが長いせいか、
これでは終わらないだろう、と注意深い。
いつか重たい雪がどっと降るだろう。
盛岡の駅前に来た。
If You Go Away · Helen Merrill · Stan Getz
小学生の頃、
家から歩いて15分ほどの母の実家によく行った。
途中、今では立体交差だが、当時は踏切を渡った。
駅が近く、よく閉まる黄色と黒の遮断機。
目の前を蒸気機関車が黒煙を上げて走って行く。
車輪のそばから、真っ白い蒸気を吹き出し、それは逞しい姿。
だが、煤が飛ぶ。
よく目に入った。
ある日、前の方で機関車が通り過ぎるのを待っていると、目が痛い。
隣の中年女性が、
「こすっては、だめだよ」とこっちを見る。
頷くと、
「下を見て待つんだよ」
また頷きながら、呟くように言った。
「いっつも眼にごみが入るんだよなあ~」。
すると、
「坊やの眼がおっきいんだよ」
そんな風に思ったこともなく、人に初めて言われた。
家に帰って一部始終を母に話した。
「大きくはないよね、どちっちかと言えば細いのに」と笑う。
今にして思えば、上目で見上げたから、
そう見えたのだろう。
あの時、おばさんの方がぎょろりとした大きい眼だと思った。
踏切前のシーンが今も心に残る。
その人は、ひとりの子どもと、
そんな話をしたことも覚えてないまま、
おそらく人生を全うしただろう。
言われた方は記憶に残るものだ。
今日は盛岡駅前の「金宝堂」で待合せ。
創業は大正12年、1923年。
初代の店主藤原金蔵さん。
宝となる店にという意味を込めて「金宝堂」。
大正時代、和菓子屋から始まった。
時代の流れと共に喫茶のスペースが設けられ、
昭和になって洋食屋となった。
初めの頃の写真には豆銀糖、家福餅、くるみ羊羹と大きな看板。
多くの人が押し寄せていた。
そんな話を以前、店の人から聞いた。
とても落ち着く店内だ。
待合せた人は、チーズハンバーグ。
スパゲティもついてると大喜び。
コンソメスープもいい感じ。
看板メニューの「とんてき」。
今宵は特別に、「盛岡紅木豚の特上とんてき」
紅木豚とは、配合した資料に木炭のパウダーを加えイオン水で飼育。
そして、リンゴを食べさせるそうだ。
金宝堂のとんてきは、角切りの玉ねぎと特製ソース。
トマトケチャップとカレー粉がベース。
私の好きな個性があるオリジナルソース。
しっかりとした肉質で、とても甘い。
ソースとよくあう。
向かいの視線を感じて、ひと切れあげた。
大きな目を目を丸くして喜んでいた。
長い間愛されてきた老舗「金宝堂」。
とても私の人生の歴史など遠く及ばない。
家に帰って鏡の前に立つと、
母の言ったとおり、やはり目は大きくはない。
久し振りに自分の顔を見た。
今では、母の最期の頃の写真は、姪っ子でも撮ったような感じだ。
母の目は大きい方だと思った。