Diana Krall - The Look Of Love
<音楽が流れます、音量に注意>
季節は巡り、秋も深まった。
一年前の約束。
忘れてしまいそうに遠い日だったが、
過ぎてしまえば昨日の事のよう。
約束の場所へ向かった。
今日は珈琲の店、「風光舎」で、
一年前に採寸した靴を受け取る日。
カフェは満席。
入口を借り、展示もしている「はきもの工房うえの」にも先客が二組。
少し庭を歩く事にした。
今夜にも葉を落としてしまいそうな樹々。
てっぺんの方だけ少し揺れている。
一枚、ひらり舞い落ちる。
歩くとちょっと靴が優しい大地に沈む。
冬を間近に、
ドライフラワーの様な紫陽花。
春の雨の中に咲き、まだ色褪せない。
不思議な花。
紅葉も終わりかけ、周りが散っていくのに、
今、咲き出した様にも見える。
そうそう、あの日、
この靴たちを見て林の中の色だと思ったのだ。
並んだ靴たちを見ていると、
「履いてみてもいいですよ」と小さな女の子。
後を追う様に来た上野さんが、
物静かに話してくれた。
玄関に戻って来ると風光舎のオーナーの奥さん、
「お待たせしました、どうぞ窓際の席へ」
まだ靴屋の上野さんの方は手が空かない。
窓から見える岩手山。
さっと降った雨が上がり、名残の霧。
山肌を傾いた太陽が照らす。
絵の様な風景は刻々と変わる。
似た様な時があっても決して同じではない。
上野さんの手が空いた。
一年待った靴を履いた。
足を包まれた瞬間から、身体の一部になった。
そんな気がして微笑む。
「どうでしょう~」
「はい、いい感じです」
娘さんは一緒ではなかった。
目標が出来て中学受験に向かって猛勉強を始めたそうだ。
色々と話し、窓際に戻った。
風光舎のオーナーがオーダーしたケニアを淹れ始めた。
ずっと席が埋まっているのに、
こちらの様子をみている。
そんな気遣いも嬉しい。
ミントのチョコレートが添えられたケニア。
かぼちゃのプリン。
甘さを抑え、カボチャの風味を楽しむ。
そこにキャラメルソースが、仄かな甘味を演出。
カップに映る合歓木と灯り。
そこたから立ち上がってくる香り。
深煎りのケニアは、柔らかな苦味と酸味のバランスがいい感じ。
もう一杯飲みたくなる。
今日も気づけば、残りひと口。
それをゆっくり飲み干した。
閉店の時間が迫っても混んでいた。
上野さんはお客さんの採寸をしながら、
話を聴いていた。
「娘さんによろしく」と言って風光舎を後にした。
はきもの工房うえののパンフ「いきている靴」の終わりに、
「暮らしに溶け込み
日々を共に歩く靴になったら
それは作り手にとっても幸せです」と記されていた。
一年間、少しずつ貯金して一生に一度の贅沢。
さほど残っていない年月をこれから一緒に暮らす靴。
助手席に乗せて盛岡へ帰った。
「えっ、どんな靴?」
それは自分色に染まるまで秘密です。
コーヒー焙煎 風光舎
020-0585
岩手県岩手郡雫石町長山堀切野8-7