素晴しき日々へ 『あぐり組曲』より
<音楽が流れます、音量に注意>
8月の下旬、久し振りの弘前。
土手町辺りを少し歩いた。
そして「名曲&珈琲 ひまわり」に向かった。
数年ぶりだが、2、30年の時を経て訪ねてきたような気分。
なぜかとても懐かしい。
中に入る。
残念なことに2階を閉めていた。
オーナーがグラスの水を持って来た。
「藩士の珈琲を一杯」と注文した。
「こっちにお任せにする?それとも自分で淹れますか?」
「やってみます。」
「じゃあ、ちょっと待っててね。」
「あの、2階は?」
「あ~ 閉めてた。今はコロナで・・・」
「そうですか・・・」
「去年の夏は賑わってたんだよ、今年は酷いね~」
「大変ですね~」
「それに運ぶのは私一人で、階段は大変だし」
いつも2階の席だった。
まだ、はにかみながら話す若いカップル、
ネルドリップの珈琲と読書を楽しむ老紳士。
奥の広いテーブルで賑やかな御婦人方。
この街に暮らす人の日常を覗いている気がした。
「ひまわり」で働いていた女性を覚えている。
その人は、学生のアルバイトのような雰囲気だった。
何度も階段を小気味よいリズムで行き来する。
その度、ポニーテールの長い髪が揺れる。
ふと足元を見た時、白い布製のバレーシューズ。
薄い水色のワンピースと良く似合っていた。
遠くに来て想い出が湧きあがってくると嬉しくなる。
藩士の珈琲がテーブルに置かれた。
「ほっておいてもいいけど時々、布を木のスプーンで押してね。」
「はい、分かりました。」
<藩士の珈琲>
幕府の命により、弘前藩士が北方警備のため、蝦夷地に赴いた。
厳冬下、浮腫病の予防薬として飲んでいた珈琲を再現したもの。
当時の幕府の仕様書に 、
黒くなるまでよく煎り、麻袋に入れ、 熱き湯にて番茶の如き色にふり出し、
土びんに入置き、砂糖を入れると記されていた。
急須から立ち上がる珈琲の香り。
何度も木製のスプーンで麻袋を押した。
だんだん褐色になってきた。
オーナーが様子を見に来た。
「そろそろ、いいと思うよ。」
「はい。」
「藩士の珈琲は湯のみで飲むの。」
と湯呑茶碗を置いた。
「はい。」
「けっこう入っているから、お代わりしてね。」
「はい、ありがとうございます。」
今日は何度も素直に「はい」と言う日。
見た目より薄い味で、あっさり。
珈琲と言うより濃い番茶、紅茶のようでもある。
飲みやすい。
砂糖は入れなかった。
飲んでいるうちに甘いものが欲しくなった。
白玉ぜんざいを頼んだ。
抹茶の味が濃く、小豆とよく合う。
好きな粒餡が嬉しい。
白玉は、モチモチして弾力があり、美味しかった。
茶わんが小さいとはいえ4、5杯はお代わり。
普通のコーヒーカップで軽く2杯半はあったと思う。
そろそろ盛岡へ帰らねば。
席を立って喫茶店を見渡すと、
青春時代に通っていた場所のような気がした。
この街を歩くと、時の流れが乱れてしまいそうだ。
それは大学の受験に訪れた街だからだろうか。
レジに立ち「御馳走様でした。」と言うと、
「よく来てくれたね、また来てね、気をつけて。」
「はい。」
店の写真を撮っていると「ひまわり」に向かう老人。
こちらに近づき、
「雑誌か、なにかの取材ですか?」
「いえいえ」と言いかけ、
確かに雑誌作りもしているわけで、
「まあ取材みたいなものです、色々とブログなどに載せようかと。」
と答えた。
「ご苦労様、宣伝してね、ありがとう。」
「はい、出来る限りは」
「ここに50年ほど前から来てる、昭和30年代にはあったらしいよ。」
と言うと手を振り、店に入って行った。
私にとって不思議の街、弘前。