The Boxer/Simon & Garfunkel
<音楽が流れます、音量に注意>
昼下がり、高校時代の友達からの電話。
「今年は、あまりできがよくない」
「でも、見てみたいと言う人もいるし、行くよ、いつがいい?」
「いつでも、いいよ」
「だったら今日、行くよ、夕方になるけど」
「おう、分かった」
同級生の大半は高校を卒業すると東京へ。
大都会の暮らしに意味もなく、ただ憧れていた。
4年の後の事など考えもせず。
自分達は故郷へ戻ったが、そのまま残った連中の方が多い。
彼は、色々あって管理職を捨て、独り岩手に戻った。
実家は農家で、7、8年前から畑の隅で果物を育て始めた。
昨年、彼が桃を届けに来た。
瑞々しく感激するほど甘く美味しかった。
着くと広い庭の奥で手を振る。
久し振りに会う彼の母は、94才。
矍鑠(かくしゃく)として元気だ。
背筋は伸び、話も軽快。
2人に案内されて桃の木へ。
背丈よりは高いが小さな木が2本。
枝にカエル。
ここは居心地が良さそうだ。
昨年の桃を1個食べ、感激した人が是非「実っているところを見たい。」
と言う人がいて乗せて来た。
彼女は、カエルや桃を見ては子供のように飛び回る。
そして、次々に親子に問いかける。
「肥料は?」
「白い桃は、袋をとれば紅くなるんですか?」
「どうしてこんなに紅いの?」
「どうやってとるのかな?」
丁寧に答える母と息子。
重みで枝は垂れ下がる。
しゃがみ込んで下から見る。
たわわに実っていた。
彼は、「今年は、ダメだ」という。
しかし、この紅が丹精込めた証。
小さな木で、何百と採れるわけではない。
手広く作る気もないようだ。
籠に大きく紅い桃。
あっという間に陽は沈み、庭に戻った。
お母さんは花も好きだ。
「どこかへ出荷するんですか?」と尋ねると、
「家で飾ったり、友達や親戚にあげるの」と笑う。
近くに住む従妹がブルーベリーを摘みに来た。
袋にいっぱい摘んで、
「もらってくよ!」
親子は笑って手を振る。
ぶら下がっている玉ねぎ。
ひとくくりもらった。
「枝つきのままだけど」と大きな袋に枝豆。
次々に車に積み込んでお礼を言う。
すると一緒の人が親子に話し出した。
彼女の母も、じきに94才。
同い年で、息子と作るこの桃をどうしても食べさせたかった。
みんな微笑んで聞いていた。
盛岡に帰り、その人を送ると8時過ぎだったが、近くの同級生の家へ。
彼の桃と枝豆を届けた。
「話に聞いていたけど綺麗な色ね。うちの人、桃と枝豆が大好きなの。」
飛び切りの笑顔に送られた。
家に着くと直ぐに桃を食べた。
甘い香り。
噛むと溢れる果汁。
確かに昨年ほどではないが、今年、食べたなかでは最高だ。
枝豆を少し茎からもぎ取って煮た。
味が濃く、とても美味しかった。
翌日、とても美味しくて驚いたとメールが2通来た。
高校時代から知っている私の母も、
この桃を食べたら間違いなく彼に言ったと思う。
「来年も楽しみにしてますよ。」
彼は、食べる人の笑顔を受け取って、
作り手としての嬉しさを覚えてしまった。