Debussy - Deux Arabesques (Harpe) - Héloïse de Jenlis
アイスランド、トルコ、フランス、ドイツなどなど、
世界のパンをテレビで紹介していた。
色々なパンがあり、歴史がある。
日本でも古い名店や新しい店まで沢山のパン屋さんがある。
そして毎日、朝早くから焼いている。
盛岡の近郊、西の大型ショッピングセンター近くの、
「レジュイール」へ。
小さな店には、ところ狭しとパンが並ぶ。
いつも、ついつい買い過ぎてしまう。
<レジュイールのパン・エトセトラ>
<ミルクパン>
見た感じと違い、柔らかく優しい味。
飽きの来ない味で、好きなパンの一つ。
<ブドウとオレンジピールのパン>
いい感じの歯ごたえで、
オレンジピールの爽やかな風味が際立つ。
<丸いクロワッサン>
サクサク感がたまらない。
しかも包丁で切り分けてもパラパラしない。
<ソーセージの入ったパン>
クロワッサン風の生地に包まれたソーセージ。
サクサクして見た感じよりあっさり。
もう一個食べたくなる。
食パンを4枚に切ってもらった。
そのままでも、焼いても美味しかった。
翌朝、4枚を食べてしまった。
考えてみれば、
小学生になってパンが暮らしの中に入り込んだ。
給食だ。
毎日の様にコッペパン。
硬めで甘味もなかったが、バクバク食べていた。
昭和40年代、
まだ、あちこちの家から立ち上がるさんまの焼ける匂い。
昼まで働いた土曜の夕方、
縁側で寛ぐサラリーマンは、ステテコ姿に内輪。
冬は、炭火が炬燵を温める。
そんな暮らしの中で、昼食にパンとは不釣り合いに思えるが、、
コッペパンは、昭和の暮らしに溶け込んでいた。
いつの間にか電気炬燵や石油ストーブへと変わり、
家電の進化と共にパン屋さんも増えていった。
東京での学生時代にはマクドナルドに通い、
喫茶店のモーニングサービスのトーストを食べた。
もの凄い勢いで「食」全般が豊かになっていった。
今、盛岡でも、パンの種類も数えきれない。
飽食の時代の日本の、世界の未来は、どう変っていくのだろう。