<音楽か出ます、音量に注意>
ミニ断捨離の後、少しすっきりした部屋でレコードを聴いていた。
窓から覗く窮屈な空と懐かしい針のノイズ。
珈琲カップを持つ手もゆっくり。
レコードに誘われて遥か彼方の八丈島の風景が蘇った。
そうそう、あの夜、三人の青年は竹芝桟橋で興奮気味だった。
よく晴れた日の昼下がり
高校時代からの友達のアパートにいた。
東中野で降り、細い路地を右に左に何度も曲がる。
迷路の路地もすぐに覚えたあの頃。
窓がひとつの六畳間。
東京暮らしも2年目。
ゴールデンウイークもなんてことなく終わりそうだった。
ごろごろしているとラジオから井上陽水の「傘がない」が流れてきた。
「テレビでは自殺する若者が増えている、それより問題は、今日の雨、傘がない」
身じろぎも忘れて。
溜息交じりに吐き出した薄紫の煙が窓から流れ出る。
藤木が言った。
「どこか、行くか?」
成田は、起き上がりながら「まず、昼ごはんだ」と真面目な顔で言う。
オレ達3人は、ぺたんこの財布をジーパンのポケットに詰め込んで、近くの定食屋に。
定食を食べながら「行くなら離れ狐島がいいな」となんとなく言ってみた。
2人は、割箸を止めた。
あの頃、離れ島の何に惹かれたのだろう。
ただ、内陸育ちには太平洋の島と聞くだけででわくわくした。
一度解散し、ありったけのお金をポケットに詰め込み竹芝に集合した。
行く先は「八丈島」で、夜の十時に出港だった。
汽笛は想像より遥かに大きく、大袈裟に耳を抑えてはしゃぐ。
船は、鉛色の海を切り、東京湾を進む。
すれ違う貨物船の迫力に圧倒された。
舟は、連休の終わりだけに空いていた。
太平洋に出るとしだいに船倉が浮き上がっては沈み込む。
揺れに驚き、笑い合って恐怖感を誤魔化した。
しかし、一時間もたた経たずに成田がやられた。
成田は、しばらくトイレから出て来ない。
ゆっくりと背丈を超えるほど斜めにせり上がり、沈む時が胃に効く。
藤木とオレは、無意識に上がる時に息を吸い、落ちながら吐いた。
後で知ったが成田は、逆だったらしい。
よれよれとトイレから甲板に歩いて行く彼の歪んだ背中を見かけ、後を追った。
船は、黒い海を掻き分け、勢いよく進んでいた。
黒い海風が肩まで伸ばした髪に纏わりつく。
ロダンの考える人の姿で成田は、言った「ここは、いい」
老人の様な低い声だった。
三宅島を経て早朝、八丈島に到着
<八丈島観光協会より>
舟から降りた
青ざめていた成田は、碧い空の下で血の気が戻っていた。
港の近くに白い喫茶店があり、朝からカレーを食べたのは記憶違いかもしれない。
あの朝「珈琲とはなんと美味しいものだろう」と想った。
<参考です>
港から10分ほどで着いた民宿の夫婦はとても優しかった。
あまり美味しくなかったハイビスカスティーを飲みながら島の話を聞き、
早速、八丈富士に登ることにした。
たしか標高800メートルほどで稜線が美しい八丈富士。
頂上に着くと360度、蒼い海と碧い空。
人間はちっぽけな存在で、ただただ「地球は丸い」と身体で感じた。
とてつもない感動を背負って山を下りた。
民宿の魚料理に加えて飛魚の刺身に目を丸くしたが、味は覚えていない。
そして「鬼殺しという芋焼酎」は、手ごわかったが藤木だけは「美味い」と呑み続けた。
明日は連休最終日。
宿のOLぽいグループも酔っ払い、無防備な言葉と仕草で、
オレ達の耳は立ち、横目で見ていた。
その夜は、睡眠不足と登山の疲労、それに鬼殺しのせいで爆睡だった。
翌朝、食堂に向かうと箸と茶碗が3席分だけ置かれていた。
「みんなは、もう港へ行ったよ、大丈夫かい」
と気遣う宿の夫婦。
「だったら、起こしてくれたらいいのに」とひそひそ声の成田。
朝ご飯をかっこんで港へ向かった。
港に着いて立ちすむ三人
当時、まだ燻っていた学生運動が盛り返した様な人だかり。
慌てて乗船券の売り場に走った。
係の人が連呼している「もう乗船券は、ありません!」
オレ達は、ポケットから所持金を出し合うが、頼りは藤木の財布。
「お~!」
もう一晩、泊れる目途がついた。
胸をなでおろすと三人は、人だかりに背を向けた。
群衆と行動を別にすることで妙に士気が上がった。
民宿へと歩き出した。
でも、それがとんでもない展開の序章だったとは・・・